「なぜ、ホストなんかに狂うのか…気が知れないですよ!」
梶は明らかな憎しみを込めた視線で、佐伯を睨みつけた。
「それは…多分。誰しも、最初は救いと気晴らしだったと思いますよ。でも、金で相手を飼いならせると分かった瞬間…その感情は変わってくるんです。その引き金は、人それぞれです。ただ、同じなのは、最初はみんな寂しかったんだと思います。」
佐伯がこの店をオープンした当初は、顧客だった女性客も来てくれていたが、それもオープンして一年未満で途切れた。
夜の幻の中で編み出された虚像は続かない。
「寂しかったからって、そんなの理由になりませんよ。」
梶の口調の裏には、皆沢佳代ではない誰かが居るようだった。
「そうですね。僕も今ならわかる気がします。」
客に話を合わせ共感して、相手の懐に入り込む。ホスト時代に体得した技としではなく、本心として納得できたから相槌を打ったつもりが、梶には伝わらなかった。
「分かったような口をきくな!」
「すみません…」
私情を込めた反論を受け流す。
感情論で口論するのは、得策ではないし、相手もこの瞬間は法律家として発言しているのではないことは理解できたからだ。
「個人的な…恨みがあるから、こんな割に合わないだろう仕事を引き受けたんですか?」
梶は、佐伯から視線を逸らす。
「いや、こちらこそ申し訳ない。あなたには関係ない事を思い出してしまって。」
「いえ…」
佐伯は、色とりどりのガーベラで大きな花束を作り終えた。
「もしよかったら、メッセージカードを書いて添えて下さい。」
店のオリジナルメッセージカードを渡すと、梶は少し戸惑いながら、胸元から年季の入った万年筆を取り出した。
佐伯は渡しかけたペンを引きながら、梶の手元を見ていた。
【奈緒へ…】
それだけ書いて、万年筆が止まる。