NOVEL

錦の花屋『ラナンキュラス』Vol.9 ~佐伯の変化~

 

「そうしたら、花束を一つお願いしますよ。そうですねぇ、3000円くらいで適当にお願います。」

 

〝適当に″その言葉がやけに引っかかる。

 

「どなたに差し上げるおつもりですか?」

「…そうですね…娘へのプレゼントで、お願いします。」

「誕生日か何かで?」

「いえ。この近くに住んでいるので。」

 

〝この近くに住んでいる″

つまり、一緒には住んでいない娘の為に。

 

佐伯は『青い薔薇』を買いに来た男性の事を思い出していた。店を初めて二年だが、この店で沢山の出会いを経験した。

勿論錦三丁目という土地柄から、ビジネス関連の注文も多いが、そうではない人たちもいた。

店の奥には、花を散らせた金木犀の鉢も置いたままだ。誰かの手に渡される為に、切られる切り花。

その花に思いを込めてこそ、意味を成す。

 

佐伯は入荷したばかりの、花束には欠かせないガーベラを手に取った。ガーベラ全般の花言葉として、前向きな意味が強い。

特にピンクのガーベラには『感謝』。赤が『神秘』。黄色が『優しさ』。白が『希望』。

その全てが【ラナンキュラス】で出会った人々から教わった、感情だった。

 

佐伯は丁寧に色とりどりのガーベラを愛おしそうに、手に取りアレンジをしていく。

 

 

梶はそんな佐伯を横目に見ながら、大きなため息をついた。

 

「当方は貴方の身の安全も含めて、お話させていただいております。佳代さんは、今は落ち着いておられますが、出所後どうなるのかはわかりません。」

 

佐伯の心配をしているように見せながら、両親は会社にこれ以上の傷をつけたくないだろうことは予想出来る。

 

ネットにはでかでかと会社名が掲載され、実名よりも先に社長令嬢という記載が目立った。株は暴落して、会社の存続が危ぶまれているのは事実だろう。

被害者に示談金を支払う前に、店の立ち退き費用を渡しに来る前に、世間体を気にする実業家である前に、娘と向き合う親になぜなれないのだろうか?

 

そんな怒りをぶつける前に、佐伯は固く口を閉じた。

指摘したところで、何かが大きく変わるわけでない。

 

 

彼女はよく、両親と反りが合わない事を〝アキラ″に愚痴っていた。父親の顔をまともに見た記憶はないし、母親の過剰なまでの過保護が鬱陶しいと。

しかし佐伯からしたら、それは〝羨ましい″ことで、ただの我儘のない物ねだりでしかなかった。

 

都心にマンションを借りられたのも、親の金があったからで、ホストクラブに通いだした頃は、親からの小遣いを湯水のように使っていた。しかし、親から怪しまれはじめ、金を引っ張れなくなり、彼女は夜の街の女となったことは本当に知らなかった。

ずっと親からの援助で遊びまわっている、金持ちの道楽だと高を括っていたのだ。