彼女が笑顔で訪れてくれる日を夢見て、この町に生きようと、この町に流されようと、この町に救われようとしてきた佐伯。
だが、一人の男が佐伯の元を訪れるのをきっかけに何かが変わっていく・・・
~ガーベラ~
一方からでは見失う真意がある。
切り花は、いつかは枯れゆくもので…その瞬間に〝神秘″と〝感謝″を込めて。
常に前進していく〝希望″へと変化させる。
いつもと変わらない開店時間を迎えた。最近は、昼に足を運んでくれる近所のカフェのマスターや、夕方にはOLの顧客も増えた。
いつまでこの和やかな日々が続くのか、解らない。いつ誰が、何処であの記事を吹聴するのかという恐怖はぬぐえない。
しかし、ここ数日変わった事と言えば、リナと奈緒の親子は顔を出さなくなったこと位だった。
佐伯は、仕入れたばかりの花の手入れをしながら、大きなため息を落とす。仲井から知らされた、彼女の出所予定日が刻一刻と近づいてきている。ここまで静かな時間を過ごせたことの方が、奇跡に思えたりもした。
もしかしたら、このまま過ごせるのかもしれないと淡い期待をもっていた最中、その男は現れた。
高そうなスーツを着込んで、明らか仕事帰りに花を買いに来た風体ではなかった。
「すみません。佐伯明人さんですね。」
「…はい。」
男は飾ってある花を一瞥(いちべつ)もせずに、佐伯のみをロックオンして向かってきた。
「私、皆沢(みなざわ)様よりご依頼を受けました、中沢法律事務所の梶と申します。」
男は名刺を差し出してきた。
予想はしていたが、まさか弁護士まで差し向けてくるとは思わなかった。
法的に何かをできる理由は何処にもない。だが、自ずと肩に力が入る。
「私が来た理由の察しはできているようですが、皆沢佳代さんが出所されることになりました。あなたは示談金を受け取っていらっしゃいますよね?またその際に、二度と会わないという証書にもサインをされている。」
「はい…会う気はないですよ。」
「でも、此処は事件現場の近くですよ?彼女が出所してきて、あなたを探せばすぐに見つかる危険があります。」
身勝手な主張だと思う。
しかし、それが一般的な主張だということは、佐伯も理解はしていた。
ホストは辞めても、この地を離れられない男の執着を批判する声は耳をふさいでも聞こえてくる。
「花を買う気がないなら、お引き取り下さい。」
佐伯が張った精一杯の虚勢を、男は片頬を歪めるだけで収めた。