「リナさん。有難うございました。リナさんと奈緒ちゃんに出会えたから、僕も前に進む決意が出来たんですよ。」
「でも…!」
「そうだ、待っててください!」
佐伯は、バランス的に入りきらなかった紫のラナンキュラスが一輪残っていた事を思い出し、それを包んでリナに渡した。
「紫のラナンキュラスは『幸福』って意味があって、一つの球根から多くの花を咲かせる花なので、大家族って意味もあります。これからも、家族を大切にしていってくださいね。あなたなら、できますよ。奈緒ちゃんにもよろしくお伝えて下さい。」
リナは紫のラナンキュラスを受け取る。
佐伯が今まで見たことのない、清々しい笑みを浮かべているのが眩しかった。
「男って…ほんと勝手ね…彼女を待ってたんじゃないの?!」
リナの視線は痛烈だった。
「はい。そのつもりでした。でも、それは彼女の為ではなかったんですよ。それを教えてくれたのは、リナさんです。感謝しています。最後のお客さんが、あなたで良かった。」
【ラナンキュラス】で出会えた人たちの思い出を胸に、自分の生き方を見つめなおすきっかけを貰えたのだと、佐伯は心の底から感じていた。
「また、何処かで…花屋をしたいと思っていますよ。そうしたら、ご案内を送ります。」
―それが、いつになるのかは解らないけれど…。―
人との出会いは常に一期一会だ。
通りすぎて行った縁に拘り続ける道もあれば、それを肥やしにして新たな花を咲かせる事もある。
花は、いつかは枯れる。しかし、その記憶は誰かの心に残っていく。
新たな蕾をつける為に、花は咲き散っていくのだから。
その繰り返しが、今を生きる事。
いつか、また…どこかで、花を咲かせる為に。
佐伯は錦三丁目にたてた【ラナンキュラス】のシャッターを、静かに閉じた。
リナはそれ以上何も言わなかった。
佐伯も、多くを語らなかった。
―また、いつか…何処かで…―
END
前回の話▶錦の花屋『ラナンキュラス』Vol.9 ~佐伯の変化~
はじめから読む▶錦の花屋『ラナンキュラス』Vol.1 ~錦三丁目を舞台に、人々が小さな花を咲かせる~