売り尽くしセールで、殆ど花は無くなってしまった。
残っているのは、佐伯の想いと、巣立っていった花の残り香と、最後に自分の為にアレンジをしようと残してあった、ラナンキュラスだけだった。
売り物の花をなくした店内は、広く感じた。
仲井がカウンターに置いていった、封筒を開けると中には『調査書』とかいてあるA4の紙の束が入っていた。
―本当に、最初から最後まで、あの人はお節介だな…―
佐伯は中身を見ることなく、封筒に押し戻すと床の拭き掃除を始めた。
陽が暮れて、町が夜の顔を出し始めた頃。
店内の掃除を終えかけたときに、自動ドア―が開き、年配の女性が入って来た。
「あ、すみません!今日はもう閉店で…」
佐伯が声を掛ける。手入れのされてない髪を一本に結い、くたびれた地味な服を着た女性が挙動不審に立っている。
「あのう…」
再度、佐伯が声を掛けるが、視線を合わそうとせずに俯いたままだった。
「何か、お探しですか?」
「…花が…欲しくて…。」
しゃがれた小声で女性が言う。酒焼けでもしているのか、ざらついた声は聞き取りにくい。
佐伯が女性に近寄ると、顔を背けられたうなじに見覚えのある黒子があった。
「どなたへの贈り物ですか?」
女性はビクリと肩を震わせた。
「えっと…大切な…人に…。」
「分かりました。今、ご用意できるのは限られてますが、それでよければ。」
佐伯は自分の為に残してあった、ラナンキュラスをガラスケースから出してきた。
一定の距離から近付こうとせずにいる女性とは反対に、佐伯は黙々とアレンジを始める。
静寂の中で、パチンパチンと茎を切り落とす音だけが響いた。佐伯も花から視線を逸らさなかった。
「この花は、ラナンキュラスっていうんです。この店の店名の花です。縁起が良くて、華やかで、人気の花なんです。色んな意味があるんですが、フランスのルイ9世が十字軍に加わった際に、エルサレムへの遠征から帰国した時に、花が好きだった母親へ持ち帰り贈ったという逸話もあります。」