報われることのない恋でも構わないと、相手との子を宿した時に『この子が居ればそれでいい』と誓った。それなのに、その息子と過ごせたのはたった3年だった。夜の仕事以外をしたことがないため、時間の融通が利くように独立して店を構えたが、氷河期にその考えは甘かった。
経営者となれば、自身がどんなに客を抱えていても時間を割かれる。仕事と育児の両立が出来ず、ラウンジの経営が行き詰った時。
愛した男から融資の話を持ち掛けられた。
その代わり、自分の実子を引き取りたいという条件を添えて。
男とその妻は子宝に恵まれず、後継者を求めていたのだ。
店の経営は火の車であり、育児にも疲れ切っていたママは、愛した我が子に振り上げた手を止め、我が子を抱きしめ泣いたそうだ。
「私もね、解らなくないんだよ。どんなに愛していても、世界で一番優先したい存在であってもね、しんどくなるの。それを止めるのは、愛ではなく理性。今は、奈緒が居てくれるから、私の理性は奈緒だと思う。」
佐伯の耳にもこびり付いている。
女のヒステリックな叫び声が。
一人は、母親。もう一人は…。
佐伯はアレンジの構想をしている手を止め、人通りが少なくなった町を眺めていた。
「息子さんに届くと良いですね。しょーこママの想い。」
「うん!マスターなら大丈夫でしょ!」
「リナさん…そういえば、マスターって…今まで呼ばれ記憶がないんですけど?」
二人は顔を見合わせ笑った。
笑うことでしか、埋まらない何かを互いに感じていた。
結婚式の当日。
朝から慌ただしく準備をして、近場であるホテルに向かった。
搬入作業口に到着した時、事前に問い合わせていたのにも関わらず、関係者に止められた。
「申し訳ありませんが、知人以外からのお花は飾らないように言われております。」
「いえ、でも、ご依頼を頂きましたので…届けないと!そうだ、新郎さんには会えませんか?そうしたら、説明できるので!」
「そんな事、無理に決まってるでしょ!」
厳重な管理体制を見れば、この結婚式には双方の家の面子が掛かっている事が分かる。
―それでも…―
面子よりも、大切なものがあるはずだ!!
佐伯は近所のコインパーキングに車を停めて、アレンジをしたスタンドから白薔薇だけ24本抜き、常備している簡易包装に包んでホテルに徒歩で戻った。