「こちらこそ、ありがとうございました!またのご来店をお待ちしております!」
佐伯は、九の時にお辞儀をした。
人生の歯車を掛け違えてしまい、決してやり直すことは出来なくても、今できることを見つけることは可能だ。
「あなた…それ、自己満足でしかないわよ」
リナは痛烈な批判が、佐伯に向けられる。
「青いバラが500円な訳ないでしょ!」
「ええ…」
でも、あの客にとっての500円がこの薔薇の価値に相当すると佐伯には思えた。
商品の価値とは、それぞれによって変わってくる。
娘の為に、彼が今払える500円とは、リナが払おうとした5000円、仲井が払った1万円と何ら変わらない気がしてならなかった。
「よくやっていけるわね!」
佐伯は苦虫を嚙みつぶしたように笑うと、カップを片付け始めた。
「この店は、こうありたいと思っているので」
佐伯の穏やかな声が店内に響いた。
リナの記憶にある〝アキラ″はビルに飾られている大きな看板に、挑発的な笑みを浮かべて掲載されている姿でしかなった。
甘いビジュアルを武器に、トップ争いに名を連ねる栄四丁目の女子大小路にある『マリネス』の顔だったはずだ。
何時から、こんな風になってしまったのか?
実際に顔を合わせる事はなかったが、想像と違いすぎて肩透かしを食う所だった。
その時、外から何かが破裂したようなけたたましい音が聞こえてきた。
佐伯が慌てて外に駆け出す。続いてリナが弟を奈緒に抱かせ、此処にいるようにと念を押して出て行った。
そこには…!
カートが転がり、乗用車がガードレールに追突していた。
『救急車だ!誰か救急車を呼べ!』
誰彼ともなく騒然としていた。
青いバラが、鮮血に浸っている。