一輪の青い薔薇を買いに来た男性。
その想いとは・・・
前回:錦の花屋『ラナンキュラス』Vol.4 ~誘惑の多い町にある真実~
~青い薔薇~
二度と戻ることは出来ない過ちを後悔するのではなく、今できる道を選ぶこと。
ただ、『感謝』を贈りたくて、一輪の青い薔薇を握り締めた。
『不可能な事を成し遂げる』あなたに、奇跡と神の祝福を…
佐伯は奈緒に、コリウスの植え替えを伝授していた。
床にシートを引いて、軍手を渡し、なるべく奈緒にやらせるように心がける。
金木犀しかり、このコリウスしかり、店内にはすっかり肥料の香りが蔓延していたが、それに負けないくらいに金木犀の自己主張も強い。
器用に土を扱う奈緒を横目に、時間を忘れ作業を教えていると、勢いよくリナが飛び込んできた。
その姿を見ても、佐伯が驚くことはない。
リナは三歳くらいの子供を背負っていた。
「遅くなって…」
リナは複雑な表情を浮かべていたが、それが店頭に飾られた金木犀の花束の事を指しているのか、赤子を連れてきた事なのか察することは出来ない。
「おかえりなさい」
佐伯は優しく微笑んで迎え入れる。
リナも何があったのか探ることはしなかった。
「奈緒ちゃんは、器用ですね」
佐伯が声を掛けると、リナは少し嬉しそうに笑んだ。
娘が楽しそうに鉢植えを掲げている姿を、親として愛おしく見つめる構図は魅力的だった。
―この親子は、大丈夫だな…―
植え替え作業もひと段落するのを見届け、奈緒と弟にはココアを、リナにはコーヒーを用意して振る舞う。
嬉しそうにコリウスを見つめる娘に、母の視線を送るリナは少し大人びて魅える。
12歳になる娘がいるのだからそれなりの年齢ではあるだろうが、リナの些細な仕草が彼女の年齢を不明にさせる。
―カスミソウの君が望んでいた未来は、こんな優しい空間だったのかのかなぁ…―
親子には気付かれないように、口許を歪めていると、入り口の自動ドアが静かに空く。