結局その男は東京駅に着くまでずっとナルミの横に座り続け、二人はとりとめのない話をして盛り上がった。
男は驚くほどファッションに精通しており、「ナルミさんにはあの靴も似合いそう」だの、「こんな風に履いてほしい」だのスマホを検索してわざわざ見せてくる。
「素敵ね。履いてみたい」
ナルミがそう言えば、「でしょ? これだったら絶対デニムがいいと思うんだよ。ちょっと色褪せた感じのさ……あとこっちの靴なら黒のパンツに合わせてほしいな~」
一つナルミが発言すれば、それに対して嬉しそうに十ほどに返してくるので、まるで子供のようだとナルミは思った。
普段ならば、お喋りな男は苦手で鬱陶しく感じたかもしれないが、男は自分のことを一切語らず、内容はひたすらにファッションやデザイナーについてのことばかり。見せてくる画像もどれもこれもハイブランドのもので、さすが第一線で活躍するような芸能人は見ているものが違うのだと思わざるを得ない。だが、それらが嫌味に聞こえることがなく、ただ純粋に好きなものを語る姿は、子どもと大人が混在しているようで、ナルミは話せば話すほど男に好意的な印象を持った。
「それで、ナルミさんはなんの仕事してるの?」
「今はただのインストラクター。ピラティス教えてるの。でも自分のサロンを持ちたくて奮闘中ってところかな」
他人に職業を聞かれると、いつもは高飛車に「プライベートサロンを持つのが夢」と宣言するのだが、男の毒気のなさに当てられてか、ナルミは控えめに微笑んで言った。
「どんなサロン?」
「どんなって」
「こんな美脚のナルミさんが、どんなサロンをオープンしたいのか聞いてみたい」
男は根掘り葉掘りサロンの詳細を知りたがった。
果たしてこんな話を聞いて面白いのか、と思ったが、どうせ東京駅に着くまでの暇つぶし。それなら自分の夢を、すでに成功を収めている芸能人に聞いてもらったって損はないはず。それどころか、何か良い運気が舞い込みそうな予感がして、ナルミはぽつぽつと話し出した。
サービスの内容や、自分の思う最高のサービスを提供する場として何が必要で何が今足りないのか、どんなお客さんに来てほしくてそのお客さんたちに自分が出来ることは何なのか……ぽつぽつと話し始めたはずが、気が付いたら、今度はナルミが子どものように必死に自分の夢を語っていた。
「いいね、すごくいいね、ナルミさん」
男がにっこり笑うと、自分の志す夢が間違っていない気がして嬉しくなった。
最終的に「愛とお金、全てを手に入れて幸せになりたい」とはさすがに言わなかったが、名古屋で成功したらいつか東京にもお店を持ってみたい、と付け足した。