女性は20代半ばだったナルミの倍ほどの年齢だった。
しかし、20年経った時、自分がその女性のような生活をしていると考えるには、天と地がひっくり返っても無理だと分かり、痛烈に制服を着てお茶を汲むだけの自分がみじめに思えたものだった。
そんな職場だったから、離婚し自由にお金を使えるようになってからナルミは特に身に着けるものに気を使っていた。
自分の脚を最大限に美しく魅せることがまずは鉄則。
それに合わせてトップスやヘアスタイル、化粧を変えた結果、夜飲みに歩けば身なりの良い男性から声を掛けられることが増えた。
それまでごく普通の会社員や整備士などといった男たちから声を掛けられることが多かったナルミだったが、着飾り方によって惹きつけることのできる男の“層”がこんなにも変わるのだと知った。
正直なところ、今のナルミにナンパ目的で話しかけてくる男は、名実ともに実力のある男かもしくは身の程知らずか、そのどちらかだ。
今隣に座るこの男の場合はどちらだろうか。
ナルミは男性もののブランドには明るくない。上質か、それとも大量生産の安物かくらいは見た感じで分かる。だが、その程度だ。
こんな時、神崎ならどう判断するだろうか、とナルミはなんとなしに顔を思い浮かべた。
神崎は客を見分ける力に長けていて、他の営業が押し付け合った「外れクジ」の客の中から、確実にお金持ちを嗅ぎ分けることができた。
それこそよれよれのTシャツを着た客を珍しく神崎が担当したかと思ったら、半期のうちで一番の高級な物件を契約していったこともあった。
その客の収入源をよく聞けば、元々は特許収入で十分に暮らせるような開発者だったらしい。今はデイトレーダーで資産を増やし、増やした資産をまた更に運用している、というようなことを神崎はいかにも無口そうなその客から上手に聞き出していた。
人は見た目で判断してはいけない、という一例だったが、神崎に言わせるとそういう客は顔付きが違うらしい。
ナルミは今一度、男の顔をまじまじと見つめてみた。
やはり、どこかで見覚えのある顔だった。
そもそもこんな若い男がどうしてグリーン車に乗っているかは謎であるが、しかし少しお金を出せば誰でも乗れるのだから、気まぐれに乗った一回が今日であり偶然の巡り合わせだろう、とナルミは結論付けた。