家に入ると、リビングで密が待ち受けていた。
彼はソファに悠然と座っているように見えたが背筋はいつも通り伸びていた。服装も会社から帰ってすぐと思しき、きちんとしたネクタイ姿だった。
はじめから読む:男の裏側 vol.1~地獄の始まりは天国~
そう……こんなことをするようにはまるで思えない。きわめて真面目で人当たりの良いエリート……。環だって、結婚するまではそう思っていたのである。それなのに……。
「遅かったね」
密はまるで困ったかのように眉をひそめ、環の姿を見るとそう言った。
それだけ見ると、本当に妻の帰宅が遅くて心配した優しい夫のように見える。
しかし……。後に続く言葉はそんな類のものじゃなかった。
「……公園にいたみたいだね?誰かと一緒にいたの?それとも一人でゆっくりしてたの?」
密はもう隠す気もないらしい。ペンダントはいつも通り、きちんと胸元に下げていたが…。やっぱり何か仕込んであるに違いない。これで環の居場所を把握しているのだ。
「どうして答えないの?何か言えないようなことをしてたの?」
「そ、そんなことしてない。一人でちょっと外の空気を吸ってただけ」
樹里にも迷惑がかかるかもしれないと考え、環はとっさに嘘をついた。
そう、環の位置を把握しているだけなら、樹里と一緒にいたことは分からないはずだ。
「ふうん……。まあ、大丈夫ならいいけど。でも、夕飯の用意もしてないし、最近掃除もろくに出来てないんじゃない?疲れて帰ってくる旦那に対してこれはないと思うよ。妻としての自覚がないんじゃないのか?」
今度はお説教だ。でも、最近の環は確かにまともに家事をこなせていない。密からモラハラを受ける中、心配事が多すぎるせいできちんとした精神状態ではいられないというのが本音だった。
心身ともに疲弊してしまって、家事をこなすどころではない。
「あの……。ごめんなさい」
環が謝ると、はあ、と密は大きく溜め息をついた。
「い、今から作るから。ちょっと待ってて……」
環はこの空間から逃れようとして話を切り上げ、キッチンへと踵を返そうとする。
しかし、そんな空気を切り裂いたのは、何かを思いついたような密の声だった。
「そうだ。妻としての自覚が足りないのは子供がいないからなんじゃないか」