NOVEL

錦の花屋『ラナンキュラス』Vol.4 ~誘惑の多い町にある真実~

 

「料金は幾らかかっても良いんです!お願いします!!」

 〝タシロミユキ″と名乗るその客に半分押し切られる形で、了承させられてしまった。

 

彼女が言うには、長期入院している弟が居て、金木犀が思い出の花だから贈りたいという事だった。

 今年の秋までまてないから、最後に金木犀の香りを嗅がせてやりたいのだが、引き受けてくれる花屋が見つからなかったのだと言った。

 

佐伯も、大きくため息をついた。

 

温室栽培をしている入荷先なら、花が咲く前の金木犀を入荷できなくもないかもしれないが、その状態を入荷しても、店に運び入れてどうなるか解らない。

それに、大きな鉢植えから花を摘んだ後…それをどうしたらいいのか?

 リスクが高すぎる選択だったが、涙ながらに訴えてられ、引くに引けなかった。

 

いつも入荷をしている先では案の定金木犀は見つからず、その紹介先に直接電話を入れてなんとか入荷を取り付けたのは、その電話から4日後の事だった。

 

 

店に大きな鉢植えが搬入されたときには、訪れる客たちの方が驚いていた。

『切り花専門が種子替えする気か?』『時季外れだなぁ…』『狭い店内を余計狭くして。』

 色んな声が飛び交ったが、佐伯は特別注文だからと素知らぬ顔でやり過ごす。

 

「おまえさんも、尽く流されやすいねぇ」

 そう苦笑を浮かべたのは、仲井だった。

 

〝人がいい″や〝優しい″ではなく、〝流されやすい″。確かにその通りだ。

 

「で、そのお涙頂戴を真に受けているわけでもないだろ?」

「理由なんてどうでもいいです。真剣に、贈りたい相手がいるだけで、十分です。」

 

その言葉に嘘はない。

〝タシロミユキ″と名乗る女性の声に、嘘は感じなかった。

 

大切な誰かに、金木犀を贈りたい。

その気持ちだけで、佐伯は十分だった。

 

金木犀の花言葉には『謙虚・気高い・真実』と共に『陶酔』という意味がある。

この独特な強い香りが時に人を癒し、時に誘惑して陶酔させてしてしまうのかもしれない。

 

せっかく入荷した金木犀の蕾を枯らさずに咲かせる手前までに持っていくのは、想像以上に骨が折れる作業だったが、何とかそろそろ切ってアレンジに取り掛かれそうになり、佐伯はタシロミユキに電話を入れた。

 明後日取りに行きたいから、それまでに作っておいて欲しいという返答だった。