常連客の中井は花束を買いに店にやって来た。だが「今日来た用事は、これじゃなかった。」と佐伯に告げる。
彼の本当の目的とは⁉
前回:錦の花屋『ラナンキュラス』Vol.2 ~叶わぬ恋の車輪が回りだす~
~ペチュニア~
それはタバコのフレイバーと共にやってきた。
『あなたと一緒なら心がやわらぐ…』男に染み付いた親しみやすい温もりは、男の想い人からの伝言
仲井の勝手な提案に戸惑っていたのは、奈緒の方が強かった。
だが、それも一つの提案として良いかもしれないと佐伯は思えてきていた。
とりあえずとして置いておいたマグカップから、サンプルで貰った鉢に植え替えて適当に置いてある。
一度根が空気に触れてしまったので、植え替えをしようと肥料などの発注もしてしまった。
それを伝えようと思った時に、外で電話をしていたリナが戻ってきた。
「奈緒!帰るわよ!」
リナは酷く焦っていた。
「どうしたんですか?」
「急用ができただけです!」
リナが前に店に訪れた姿と同じスーツを着用していて、靴も同じ運動靴だった。
どんなに働いてもお金は貯まらず、自分の衣装に費やす金もないのだろうことは、夜の仕事に携わったことがある身から見れば一目瞭然だ。
奈緒は名残惜しそうに、リナに引っ張られながら連れて行かれる。
「また、いつでも来てください。準備しておきます!」
佐伯は奈緒に声を掛けた。
奈緒の何かを言いたげな表情が、寂しかった。
「随分と慌ただしいもんだ。」
そう告げると、仲井はだるそうに身体を曲げ、何か拾い上げて不敵な笑みを浮かべていた。
「忘れ物だ…」その手には、赤ん坊をあやす小さなカラカラが握られていた。
「この町には、色んな人が居ますからね。」
佐伯は仲井の手から忘れ物を奪い取ると、ビニール袋に入れて忘れ物保管籠に放り投げた。
取りに来るかは解らないが、捨てることはしない。
知られたくない部分を切り捨てるのか、取に来るのかは各々の判断だと思う。
仲井はクシャっと顔を歪ませて、タバコを取り出した。
その前に、佐伯が灰皿を手渡す。
「お、流石だね!」
何がとは敢えて言わない。
それが暗黙のルールとなっている関係のはずだ…。
「今回の花ですが…仲井さん?聞いてます?」
仲井は大きく煙を吐き出した。
「今日は、嫁さんの…命日なんだよ…」
佐伯が突然の告白のギョッとして、返答が出来なかった。
「嫁さんとはお見合いだった。気立てが良いわけでもなく、ただ良い所のお嬢さんで…
そのコネが欲しくてねぇ。
最後まで、悪い事したなぁと…思ってしまうのだよ。」
フラワーショップ【ラナンキュラス】内に、空虚な時間が流れて行った。