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家に戻ってきて、着ていた服をすべて脱ぐ。
つけていたアクセサリーも、履いていたストッキングも。
――初めて会った人だったけれど、思ったよりも安心して話せたな。
若菜は部屋着に着替えて、いつもの場所に座る。
ふかふかのソファでも、整理されたダイニングの椅子でもなく、リビングのラグマットの上。
そこでお姉さん座りをして、机に突っ伏す。
この体制が、妙にしっくりくる。
人に話して、すっきりはしたが。
「はあ…。どうするかな…。」
京子には言わなかったが、若菜には夫に対する不満があった。
夫は、お金遣いが荒いのだ。
もともとそうだったわけではないはずだ。
少なくとも、結婚するまではそうではなかった。
海外で勤務を始めて数か月後、送られてきた夫のクレジットカードの利用明細書を見て目を疑った。
おそらく給料の大半を使っているのではないだろうか、と思った。
すぐに電話をしたい気持ちを抑え、夫の仕事が終わる時間を待った。
翌朝。
大事な話なので、ビデオ通話でかける。
つとめて冷静に状況を説明すると、彼は悪びれる様子もなく言った。
「俺も、接待やなんやでいろいろ大変なんだよ。」
若菜も、できれば彼の気持ちに寄り添いたかった。
――仕事も大変だろうし、毎日の家事や食事も自分でしているんだから、それくらい仕方がないのかな…。
でも。
ちょっとした息抜き、というには頻度も多く、金額も大きすぎる。
「月の生活費は渡してるんだから、俺の分のお金は自由に使う。それで十分だろう。」
たしかに、毎月の生活費として、20万円は欠かさず若菜の口座に振り込まれていた。
ちょっと待って。
わたしが怒っているのは、そうじゃない。
「お金のことは、感謝してる。でも、将来は子供もほしいし、貯金はしておきたいの。そのために、わたしだって働いてるし。」
“だからあなたも協力して“
と言いたい気持ちをこらえる。
夫のお金で生活している、という事実が、若菜の感情に歯止めをかける。
「そのことは、また帰ったときにゆっくり話そう。今は余裕がないんだ。ごめん、切るよ。」
一方的に切れた通話に、若菜は置き去りにされる。
――帰ったときって、いつよ。
夫は本当にストレスが溜まっているのだろう。
何も考えたくないのかもしれない。
会えない分、普段の彼の様子もわからない。
――心変わりでもされたのかも…。
若菜の頭は、悪い妄想でいっぱいだった。
その日から、目に見えて夫と連絡がとれなくなってきた。
いつ終わるかもわからない不安が続く日々。
――わたし、幸せだよね…。
自分に言い聞かせて毎日を過ごしていかなければ、若菜は我を失ってしまいそうだった。
次回へ続く・・・
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