NOVEL

引きこもり女の裏側 vol.1 ~心のざわつき~

 

彼氏なんていらない!彼氏いない歴=年齢26歳の女は幸せそうなカップルを

目の前にし、なぜか心がざわついてしまう…

 


 

 

彼氏なんて、いてもいなくてもどちらでもいい。

―むしろ、いない方が平和に過ごせる。

 

目の前でいちゃつくカップルに胸をざわつかせながら、カウンターに並んだコーヒー豆を眺める。

 

河合幸枝(かわい さちえ)は、彼氏いない歴=年齢の26歳。

地元である豊田市をでて千種区で一人暮らしをしている。

製薬会社で研究員として勤め始めて半年が経とうとしていた。

人間関係、仕事、お金。

日々まとわりついてくる問題にやけくそになりたいときもあるが、社会人になってたどり着いた答えはただ一つ。

それは、「無駄なことはしない」。

 

幸枝は、昔からどこか冷めた視点をもっていたが、それがここ数ヶ月、社会人になりより顕著になった。

いかに効率よく、平穏に日常を過ごせるか。

それだけに神経を注いでいた。

だからこそ仕事終わりの一杯は、こだわりたい。

毎日のいやなことをリセットするために、疲れた身体に染み渡るものを、最高の雰囲気で。

 

それが叶えられるいきつけのお店は、ここ『Kajiwara』と決めていた。

カウンター席のみの店内では、マスターがオーダーごとに豆を挽いてくれる。

一杯ずつ丁寧に淹れられたコーヒーの香りをひとり静かに楽しむ。

それが至福のひとときだった。

 

 

 

それなのに。

 

「なにのむー?」

「えー、じゅんちゃんと同じのがいいー!」

「もー、えりたんはかわいいなっ。」

 

店内に先ほどのカップルの甲高い声が響く。

仕上げてきた気持ちが台無しにされた気分だった。

 

今日もこの空間で心を落ち着かせられると思ったのに。

怒りとも失望とも言える沈んだ気持ちで、ブルーマウンテンをストレートで頼む。

フィルターにお湯が注がれると、優雅な香りがいつものように店内に広がる。

周りに気づかれないように、鼻からそっと空気を吸い込む。

これで少し気持ちも鎮まった。

 

「ありがとうございます。」

 

マスターからコーヒーを受け取る。

九谷焼のコーヒーカップには、水色の小鳥が控えめに描かれていた。

 

幸枝はいつも、隅っこの席に座る。

隣になるべく人が座って欲しくない。

食器棚に並んだソーサーやカップをぼーっと眺めながら、頭を空っぽにするのだ。

それがストレス発散方法、自分の世界に浸れる時間だった。

仕事で落ち込むことはあっても、感情的になることはほぼない生活。

 

このままで充分幸せのはずだった。

 

「じゅんちゃんと一緒にいられてあたし、しあわせっ!」

「ぼくもだよ~、えりたーん。」

 

幸枝の隣の隣。

先ほどから手を絡み合わせてにやにやするカップルが羨ましいと思うのはなぜだろう。