「あ、いいの。いつもご馳走してもらってるし、今日もあんな素敵なお店連れてきてもらったから、何かお礼したくて、タイミング見計らってたの」
女と言うのは現金なもので、食事も嬉しいのだが、やっぱり手元に残るモノが欲しい。がっかりした顔を見せないように、アユミは笑顔を取り繕った。だがしかし、考えてみれば、アユミとのデートでこの一か月弱、神尾が負担してくれている金額は、このボッテガのベルトなんかよりずっと高い。
「本当に、これくらいしか思いつかなかったんだけど」
「いや、でもこれ高いんじゃない? 悪いし受け取れないよ」
遠慮する神尾に、アユミは「買っちゃってるんだから、受け取って」と無理やり突き出した。ややつっけんどん過ぎたかもしれない。神尾は何か思案気に「本当にいいの?」と確認してから、「ありがとう」と受け取った。
そして、アユミの肩をおもむろに抱き寄せ、素早くキスをした。
「びっくりした。なに、今の」
一瞬の沈黙。唇が離れる瞬間目が合い、さっきまでの残念な気持ちがウソみたいに晴れていき、アユミは甘えたように軽く神尾を睨んだ。
「んー……、お礼?」
「誕生日プレゼントでなく?」
畳み掛けると、さすがに神尾は吹き出した。
「誕生日プレゼントがこれって、それ、おれどんだけナルシスト発言だよ」
「あれ、違うの?」
「まぁ、アユミちゃんがそれでいいなら、そういうことにしといてもいいよ」
アユミの肩から手が離れた。手のぬくもりが離れた分だけ、冬の寒さが一層アユミの肩をさすようだ。
「ねぇ、くっついてもいい?」
たまらずアユミが神尾に問う。
期待したような告白はなかったが、キスをした。この年齢になれば、わざわざ言葉で確認し合うものでもないのかもしれない。
「もう次の店着くよ」
「え、待って」
アユミのオファーが聞こえなかったのか、神尾が足早に前を歩いていくので、アユミは靴擦れで痛む足を無視して、小走りについていく他なかった。