「散らかっていてすみません。」
案内された部屋は、一見きれいに片付いている。だが、それは部屋が広いからで、よく見るといたるところにおもちゃや本が散乱していた。
「片づけても片づけても追いつかなくて…。あ、荷物まですみません。」
鍵を開けるのに両手がふさがっていては、と、結局京子が片方の荷物を持った。
女性は買い物袋を受け取り、バタバタと台所へ向かう。
「すぐに用意するので、あちらに座っていてもらえますか。」
女性が示したのは、ダイニングテーブル。席に着くと、壁際の本棚にたくさんの本が並べられていた。
旦那さんの仕事関連のものだろうか。
『社長のための経営術』といったような難しそうな本の数々。
空いた棚には、子供が書いたのだろう、丸い目と笑った口のある…人間らしき顔の絵が額に入れられ飾られている。
3人いるので、家族だろうか。赤、緑、水色とたくましい線のクレヨンで書かれている。
水色の顔が一番大きく、頬の部分がムンクの「叫び」のように細い。
「お待たせしました。」
白いコーティングに金色の縁どりがされている、上品なトレーを持って女性が現れる。
「どうぞ。」
ロイヤルコペンハーゲンのコーヒーカップ、濃いこげ茶色の液体は、思わずむせそうになるほど香ばしい匂いを運んでくる。
「ありがとうございます。」
京子はコーヒーが苦手だった。飲むとどうしても気分が悪くなってしまう。
だが、せっかく出されたものを残すわけにはいかない。
――砂糖とミルクをたっぷり入れたいな…。
心の中で願うが、ソーサーに添えられたスティックシュガーもコーヒーフレッシュも、残念ながら1つずつだった。
「そうそう。この前、クリスマスパーティーで会ったの、覚えてる?」
「えっ、と…。」
思いもよらぬ発言だったのか、驚きながらも記憶をたどるようにあごに手をやる香織。
「元気な男の子がいるのね。すごいかわいかったなあ。」
「あっ!あのときの!その節はすみませんでした。」
「いえいえ。こちらこそごめんなさいね。謝ってほしいわけではなかったの。」
「すみません…。実は、まさにその子のことも含めてご相談があるんです。」
小柄というわけではないのに、なぜか香織の体は小さく見える。背筋はきれいにのびているのに。テーブルの上に出した左手の人差し指を、空いた手の親指と人差し指ではさみ、もじもじしている。左手の薬指にはめられたカルティエの指輪が、きらりと光った。