仕事自体も学生時代のレポートとさほど違わない、と紗希には思える。
嫌いではないし、苦手でもない。
ただ、それが望んだことかと問われると答えが出ない。
何か明確な不満があるというわけではない。
33歳、年収1000万円。
同年代の中では高収入だと思うし、仕事も嫌いな分野ではない。
ただ、たまになんだか自分が空っぽな器になった気になるのだ。
得体の知れない不安。その正体が何か、紗希には分からない。
ふと立ち止まった瞬間、どちらにも動けない気がして息が詰まる。
いつまでも回り続ける歯車の中に放り込まれた気がして・・。
特にこんな夜はそんな思いが不意に蘇る。
紗季はもう一度、今度は深いため息をついた。
小さな頃は、大きくなればもっと楽しいことが周囲に溢れていると思っていた。
具体的に思い描いていたわけではないけれど、キラキラした何かがある気がしていたのだ。
それが幻想だと知ったのは、つい最近だったような気がする。
自分は空っぽ、そんな気がしてならない。
仕事が落ち着いてきたこの頃、紗希はふとした瞬間、そんなことばかり考えていた。
4月15日 土曜日 6時AM
「紗希ちゃん、朝よ」
母がカーテンを開けながら声を掛ける。
東向きの窓からは日差しが差し込んでくる。
レースのカーテン越しに風が吹き込んだ。
「おはよう、お寝坊さん」
機嫌よく、おでこに手を添わせる。
瞼が重い。
無理矢理こじ開けた目で時計を見ると、午前6時。
3時過ぎに寝入ったばかりの紗希にはまだ早い時間だ。
「・・おはよう、ママ」
布団に顔を沈めながら、呟く様に言う。