彼はずっと、たった1人だったのだ。
ただ彼を救ったのは花であり、いつどこにいても変わらず咲き続ける強さに憧れを抱いたらしい。
だから今は花に関わる仕事がしたくて、あの店で働いているという。
「僕の話はこれでおしまい、面白くなかったでしょう?」
私は静かに首を振った。そっと左手で彼の髪の毛に触れる。
「ノアくん、寂しかったでしょう?」
そのまま手を滑らせそっと頬を撫でた。
彼は少しだけ目を潤ませる。そして私の左手を右手でそっと握った。
指は細く、少しささくれ立ち荒れている。
私たちの瞳が、静かにかちりと合う。
まるで時が止まったかのように、私たちの顔が近づいてゆく。
互いの吐息が感じられそうなほどの距離になった時、私の肩に彼の手がかかった。
「かれんちゃん、いいの?君は結婚するんだろう?」
私は少し目を閉じた、そしてこう呟いた。
「いいの」
「ほんと?後悔しない?」
彼の綺麗な瞳に自分が映っているのを確認して、ほんの少し微笑む。
そしてそっと彼の眼鏡を外す。やっぱり伊達だった。
肩に乗せられた彼の手が私の左手を掴むその瞬間、彼の柔らかな唇が強く重なった。
私の耳にはあの時、森の中で聞いたピアノの旋律が聞こえた気がした。
何度も唇を重ね、深いキスで頭の芯から満たされた気がした。
さらさらと落ち葉が落ちてゆく音だけが、耳に残って離れない。
そっと唇を離すと互いに微笑みあう。
「ノアくん、好き。ずっと好き」
彼の首に抱きつく。忖度なしの自分の素直な気持ちだった。