すっかり山の緑が染まった秋晴れ。
私はノアくんのバイクの後部座席に乗せてもらい、山道をくねくねと紅葉のトンネルをくぐっていく。
前回:ルピナス―芽吹く街角で 第二章 vol.2~結婚式に向けて走り出した28歳、ハイスペ女子夏蓮。しかし彼と別れた直後、花屋に勤める初恋のイケメン男子を見かけて…~
はじめから読む:ルピナス―芽吹く街角で 第一章 vol.1~世間知らずの令嬢インフルエンサー、500万フォロワー女子の悩みとは?~
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「きれーい」
しっかり捕まってとヘルメットを被せられる。後部座席でぐっと彼の腰に手を回す。
向かったのは紅葉で有名なとある大きなダム。
周りには人影もなくてとても静かだ。風が水面を凪(な)いでゆき、木の葉のサラサラという音が交互に聞こえてくる。
「静かね」
「紅葉が一番綺麗な時期だね」
バイクを降りて、私たちはダムの周りや森の散歩道を言葉もなく歩いた。
あれから健一郎と何度も会い、初冬の結婚式のことも何事もなかったかのように進めているが、彼はいつものように優しく誠実に見えた。
あの夜の娘は誰なの?なんて私に聞けるわけもない。しかし彼に会っている間、左手薬指がいつもじくじくと痛む。
ノアくんは何も聞かず、私の話を聞いてくれた。でも今、婚約者がいることだけは言えなかった。仕事で辛いなどの愚痴は真夜中に電話しても聞いてくれる聖人のような人だった。
私は幼馴染という立場でノアくんにすっかり溺れ、優しさに甘えていた。
森のベンチに座った時、私は意を決した。
「さあ、今日こそノアくんの話を聞かせて。約束よ」
勝手に約束と称して、私はノアくんの話を聞くと決めていた。
ノアくんはくしゃくしゃと髪の毛を乱暴にかきむしる。いつも髭を剃っているが休日モードなのか無精髭のままだ。髭で彼が美青年ではなくて男性なんだと感じさせられる。
「僕が英国に渡ったのは10歳の頃だった」
空から落ち葉がいくつもはらはらと舞い落ちてくる。
「僕は日本人と英国人のハーフだ。どちらでもありどちらでもない。それは英国でも同じだった」
ふっとノアくんは微笑んだ、優しく。
「僕はまた1人になった」
家柄が裕福な彼はその後、寄宿舎があるギムナジウムに入れられ16歳になろうとしていたとき、両親の離婚でどちら側についていくか決断を迫られたという。
彼はもうどちらにも関わりたくなくて、単身で生まれ故郷の日本の高校に進むことを決意した。
高校合格で単身帰国するも言葉の壁や学費という現実的な問題で、東京でスカウトされたこともありモデル業をすることになった…。
エスカレーター式で高校まで進み、大学は推薦で進んだ私にとって彼のあまりの急転直下な話に、私は言葉を失っていた。