ドキドキしすぎて、手が震えてしまう。
返信を開くのがこわい。緊張で息苦しいながら、ええいとメールをタップする。
彼からの返信は一言だった。
〝この間の実行してくれるならいいですよ。″
これを、どう捉えるべきか。
返信がきたことをまず喜ぶべきで、さらに彼に会えるというのは願ってもない奇跡だろう。うれしいことのはずなのに、この返信を見て、幸枝の気持ちはうれしさだけではなかった。
一瞬喜びかけたが、何か心に引っかかる。
―ああ、やっぱり、あの時間は幻だったんだ。
思えば、求められること、大切にされているという実感をもつのが好きだった。いやなことはいやだと言えて、それを受け入れてもらえて、逆に受け入れることで日々を重ねていく。
恋人とは、公平との関係は、そういう毎日だった。
今彼に抱いている感情は、失望?
条件を満たさなければ会えない。会ってもらえない。
恋人ではないのだから、幸枝に向けられた彼の返答は理解できる。むしろそれが多方の遊び目的の男性ではないだろうか。
―もう、いいかな。
だが、幸枝はなんだか疲れてしまった。
少しのことで、自分の感情が動いてしまうことに。
彼との対等ではない関係に。
彼に期待してしまうことに。
そう思うと吹っ切れてしまったようで、彼には未練もなく〝さよなら″と言えた。
また新たな気分で、新しい男を探せる。そう思うと、ワクワクしてきた。
―次はどんな人と会えるかな。
携帯を操作して、マッチングアプリで男性を検索する幸枝であった。
いつしか、Kajiwaraへ向かう足も遠のいていた。
―久しぶりに覗いてみようかな。
仕事終わりに癒されに通った日が懐かしい。そういえば、公平に初めて会ったのもあそこだったっけ。歩みを進める。
耳元には、傘に当たる雨のボツッボツッという低い音が響く。車のクラクションがやけにうるさく聞こえる。
―早く着いてしまおう。
店に入れば雨宿りもできる。
先ほどから体中が震えるような周りの喧騒からも、逃れられる。
ばちゃばちゃと水溜りの跳ね返る水もそっちのけで進む。
―あれ?
よく通ったはずの店には〝CLOSE″の文字。
今日は定休日ではないはずなのに。
嫌な予感が胸をざわつかせる。
心に点っていたほのかな明かりが、すーっと消えた気がした。
END
はじめから読む▶引きこもり女の裏側 vol.1 ~心のざわつき~