普段泣かない美果が、目が真っ赤になるほど泣いたのはいつぶりだろう。
思えば高史はこうやって美果の気持ちを吐き出す役目を担ってくれていたのだった。
そつなく振る舞い、常に向上心を持って生きる妻が気持ちを溜め込み過ぎないように。
美果は高史の大切さを改めて認識したのだった。
3週間の帰国はあっという間だったが、これからのお互いのキャリアについて話すのに十分な時間だった。
美果はまだ昇進試験の結果を引きずっていたが、現在のポジションでよりよい結果を出すことにまずは集中すると伝えた。
そして今回のように新しいポジションが出たら応募したいと言った。
高史は今のところ、引き続きフランスでやっていくつもりなのだった。できれば現在の環境で昇進したいと思っているとも。
そして高史は美果の意向を受け止めながらも、もしチャンスが巡ってこないようであれば転職も考えた方が良いとも言った。
「美果の年齢だったら転職してハイクラスを狙うことも視野にいれていってはどうかな。今すぐ辞めることを考えなくても、エージェントに会ってみるだけでもよいだろう。自分の市場価値も認識しておくときっと参考になるし」
もうやすやすと転職する年齢ではない。
美果自身も一般社員として働くつもりはなかった。高史の意見は少し違う角度からのキャリアアップになるし、まずはエージェントに登録してみようと思えた。
否定はせずきっちりと自身の意見を伝える。
そういうところを美果は尊敬している。
見慣れた高史の横顔を見ながら、
「私は今の選択で間違ってないのだ」と実感するのだった。
早朝、高史を空港で見送った美果はその足で職場へ向かう。
その日、大きな知らせを聞くとも知らずに美果は職場へ向かう電車に乗り込んだ。
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次回最終回。先輩社員の加奈子から思いもしない知らせを受けた美果だが、加奈子らしい決断だと彼女にエールを送る。