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あれから新一は手がけたフレンチレストランを無事オープンさせた。
オーナーのこだわりが強くなかなか苦労したようだったが、さっそくテレビや雑誌で取り上げられ好調なようだ。
常滑の器や皿に盛りつけられた芸術的な料理が話題になっている。
加奈子が北海道へ引っ越す直前に美果は新一を引き合わせていた。野菜の件で何か力になれるかも、と思ったからだった。
レストランでは国産野菜にこだわるらしく、その産地を探しているようだった。
京野菜など比較的近くで手に入るものもあれば、九州から取り寄せるものもある中で、とうもろこしなど北海道が主力の食材につてがないと聞いたためだ。
フランスでは当たり前に使われる野菜は日本で手に入らないことが多いが、その一部が北海道にあることも影響していた。
加奈子の周りには農家の方が多いらしく、中には珍しい品種を有機栽培で育てる若者もいるようで、新一はオーナーと一緒に北海道へ行き商談を重ねたのだと聞いた。
人とのつながりがそんなふうに転がっていくとは美果も嬉しいことだった。
季節が変わり、美果は同じポジションで成果を上げることに注力していた。
仕事内容はほとんど変わらないが、できることはまだ沢山ある。
次にチャンスが来た時に堂々とアプライできるようにと思いながら仕事をしていた。
また、高史のアドバイス通りエージェントに会い、これまでのキャリアの棚卸をしている。
改めて強みと弱みを確認することで世の中のどのようなポジションに応募可能かが客観的にわかってきた。
何よりも自分のできることが明確になったことで自信を持って仕事に取り組めるようになったことが大きい。
加えて、よりスキルアップするためフランス語の勉強を継続している。日本語と同じくらいのネイティブレベルになるのを目指していくつもりだ。
そのことを高史に伝えると嬉しそうに応援してくれるのだった。
高史はフランスで着実に仕事をし、翌月からはヴァイスプレジデントになるのだという。
美果は夫の昇進を心から喜んだ。
その知らせを受けたビデオチャットでふと高史が言う。
「そういえば、近くに美味しいレストランができてさ、ファラフェルとかハーブが効いたタブレが人気のところなんだ。今度こっちに来たら一緒に行こう」
ハーブ、という言葉を聞いてふと思い出した。
「そういえば前にお義兄さんとホテルのバーで飲んだ時に、ハーブやスパイスが効いた面白いカクテルをいただいたわ」
その味は今でも印象的だ。
「それって兄さんがオーダーしてくれた?」
「ええ、あなたが帰国する少し前だったかしら。名前はえっと…シルバー…」
「シルバー・ストリークだね」
高史は知っているようだった。
義兄と飲んだのは短い時間だったが覚えている。価値観について話した後、ひとつひとつがわからないくらいに複雑な風味が絡み合ったカクテルを飲んだのだった。
あれ以来飲んではいないが、言葉では表すことのできない印象に残る味だった。
「その酒言葉を知っているかい?」
「酒言葉?花言葉みたいなもの?初めて聞くわ」
カクテルにはそれぞれ意味があるのだという。シルバー・ストリークにも意味があったのだろうか。
「そのカクテルはね、‘人とは違う価値観をもった個性’っていう意味を持つんだよ」
美果はそれを聞いてはっとした。
あの一杯に意味があったのだ。
「俺もフランスに行く前に一杯オーダーされてさ、その意味を聞かされたよ。きっと違う価値観の国に行くから兄なりの励ましだったんだろうな」
人とは違う価値観をもった個性。
美果の話を聞き、それを伝えるために義兄はオーダーしてくれたのだ。
高史に伝えその意味を知ることまで予想していたのだろうか。
「シルバー・ストリーク…素敵な酒言葉ね」
価値観が違っても認め合えれば高め合っていける。
美果はいつまでこのキャリアを続けるかわからないし、その先にもっとやりたいことが出てくるかもしれない。
周りの人間もずっと一か所にとどまらず生きていく人もいれば、物理的には同じ場所にいてもライフスタイルは変わっていき、自分自身の生き方で生きていく人もいるだろう。
でも、その時に相手を受け入れ、認め合える人間でいたい。
いつもバーで過ごす金曜日の夜。
美果はシルバー・ストリークをのむためにスイートルームのドアを開けた。
―The End―
はじめから読む:Silver Streak vol.1~スイートルームから毎朝出社する女性。ホテルのバーでの思わぬ出来事とは?~