「ホワイト・レディという名にふさわしくなりたいと思って」
笑顔でそう返す。
ここで初めてこれを頼んだのは美果ではなく高史の父親だった。
娘が欲しかったという義父は美果をかわいがってくれているのが良くわかる。
高史のフランス赴任が決まった時、一人でマンションに住むのであればこのホテルに住んではどうかと提案してくれたのだ。
義父はこのホテルのオーナー。高史には2人の兄がおり、現在は兄達も経営者層としてホテルのブランドを守っている。
高史自身は昔から比較的自由に育てられており、フランスで学生時代を過ごしている。美果と出会ったのもその時だ。
家を継がないからこそ義父は高史と美果を何かと気にかけてくれやさしく接してくれている。
義母にあたる人は美果が結婚をする前に亡くなっているため、世間の嫁姑問題とも無縁だ。
当初、ホテル住まいの提案はもちろん断った。しかしホテルのスイートルームは常に満室な訳ではないのだし、女性のリアルなフィードバックも欲しいから、という義父なりの気遣いもあって生活をさせてもらっている。
1か月泊まれば数百万はする豪華な部屋。
そこに無料で住まわせてもらっていることに申し訳ない気持ちがありつつも、定期的に利用者目線でフィードバックを伝えることで義父に何か返せるのではと思っている。
これだけのホテルだから不満はなく良いフィードバックばかりであるのだが。
ホワイト・レディを飲み干したところで左側からのまっすぐな視線に気づく。
客の少ない平日の遅い時間。
視線の先にいるのは美果だけ。明らかにこちらを見ているようだ。
…誰だろう?
真正面から見る訳にもいかないので、なんとなく探ってみるのだが心あたりがない。
取引先の人や同僚だったら厄介だな。
まぁその時はただふらっと来てみたというように装えばよいだろう。
少し年上だろうか。
座っているからはっきりとはわからないけれど、背が高そうだ。この時間にこのホテルにいるということは宿泊客なのだろうか。
…私を見ているのは気のせいかもしれない。
明日も仕事だしもう部屋に戻ろう。そう思い、バーテンダーにおやすみなさい、と言ってロビーに出た。
若干照明を落とした空間が昼間とは異なった落ち着いた雰囲気を醸し出している。
スイートルーム用のエレベーターは少し奥まったところにあり、プライバシーが保たれる造りだ。
さっきの視線は気のせいだったのかも…と思い直したところで人が近づいてくるのに気付いたが、一瞬遅かった。
いきなり手首を掴まれて驚く。
「やっぱり、スイートルームに泊まってるんだ?」
え?この人…?!
美果にとってそれは想像もしていなかった男だった。
Next:8月29日更新予定
スイートルームに居を置く商社勤務の美果はラグジュアリーな生活を日々送りつつキャリアを重ねている。ホテルのバーで時を楽しみ部屋に戻ろうとしたとき、突然手首を掴む男がいた。その男の正体とは…?