NOVEL

【新連載スタート】Silver Streak vol.1~スイートルームから毎朝出社する女性。ホテルのバーでの思わぬ出来事とは?~

「どうしたの?そろそろ会議よ」

ついぼーっとしてしまっていたのだろう。

デスクトップをぼんやり眺めていたら加奈子さんに声をかけられた。

 

加奈子さんは隣の部署のチーフ。

年齢は5つほど上だが綺麗な歳の取り方をしていると美果はいつも思う。

小学生の子どもが2人いるため、毎日朝からてんやわんやなのよ、といつしか話していたのだがそんな雰囲気を微塵も感じさせない長身の美人だ。

美果がスイートルームで暮らしていることを知る数少ない人間でもある。

 

彼女の家は古くから事業をしているお嬢様でありハイエンドな生活には慣れているのだろう。実家は八事、彼女自身が住む家は白壁だそうだ。

そのためこの暮らしを共有することに抵抗はなかったし、たまに話を聞いて欲しかった。

 

初めてホテルについて話した時、特段驚きもせず、「そこのスクランブルエッグが高級ホテルの中で一番おいしいと思うの」という感想を述べたのだった。

スイートルームに遊びに来たのも彼女だけである。

他の友人にはとてもじゃないが言うことはできない。

30代後半ともなれば手のかかる子どもを抱える友人も多く、自然に会わなくなった人もいれば、明らかに生活の違いを感じて離れていった友人もいた。

アラフォーの女性なんて皆そんなものだろう。

 

一般企業に比べ、美果の勤める商社は年収も高く比較的スマートな人が多いと思われる。

帰国子女も多いことからどこか海外の洗練された空気が漂うオフィスだし、外車で通勤する人もいれば所謂、高級時計を身に着ける人が珍しくない。

 

美果自身は帰国子女ではないが、名古屋の有名大学付属の小学校に入りそのままエスカレーター式に大学を卒業した。外国語学部に在学中、フランスに留学しそのまま地元で就職をしている。

フランス語の発音には今も苦労するがこの商社の中堅どころとしてまずまずの位置にいるのではないだろうか。

 

グローバル会議で残業した後、予定通りサロンを済ませ美果はバーへ向かった。

 

 

取引先はヨーロッパが多いから、会議の時は必然的にどちらかが合わせることとなる。今日は日本時間夕方5時、つまりフランスでは朝の10時。

ちょうど良い時間であったといえるが、残業はない方が好ましい。

 

バーへ行くのは金曜の夜だけにしているのだが今日は特別だ。

いつも以上に働いたのだから許されるだろう。何か爽やかなものを頼みたい。

今晩はホワイト・レディにしようか。

カクテルはどれも好きだがキュラソーベースを頼むことが多いし、なにより、ホワイト・レディという名前が好きだ。バーでこれを口に含むと、語源である貴婦人のイメージに包まれる気がする。

このホテルにふさわしい女性としてふるまいたい。

美果はいつもそう思う。

ホテルに入る瞬間から。

シャンデリアのあるロビーを歩くときも。

颯爽と歩く仕事のできる女性として見られたい。そう思うのは贅沢な願いではないだろう。

それを実現できるキャリアがあるのだから。

 

「倉石様、今日もお疲れ様です。いつものホワイト・レディですね」

上品なバーテンダーが話しかける。

毎週来ているのだから美果がスイートで暮らしていることもきっと知っているのだろう。

それを話題に出さないのも有難い。