NOVEL

【新連載スタート】Silver Streak vol.1~スイートルームから毎朝出社する女性。ホテルのバーでの思わぬ出来事とは?~

再会というのは思わぬ時に起こるもの。

こちらの意図とは関係なしに向こうからやってきてしまうものだ。

自分が独身の時に出会えればよかったのに、と思ったところで何ができるだろうか。

そもそも、タイミングを自分で設定することはできないのだから。

 


 

朝の明るい日差しが差し込むレストラン。高い天井には凝ったデザインの照明が取り付けられ、優雅な空間を作り出している。

窓の外に立ち並ぶ高層ビルを眺めながら、美果は搾りたてのフレッシュジュースで寝起きの喉を潤した。

少しずつお皿によそったカマンベールにチェダー、マスカット、プロシュート。思わずワインを頼みたくなるが仕事前だから我慢する。

焼きたてのバゲットを口に入れようとしたときにスマホが震えた。

 

 

「もしもし、おはよう。朝から悪いんだけど今日のグローバルミーティング出られるか?夕方から始まるから残業になってしまうんだけど」

まだゆっくりしていたかったのに業務の電話だ。朝からついてない。

上司からの電話にノーとは言いにくい。それに今晩特別な用事があるわけではない。断る術がないところが会社員の常である。

 

「わかりました。内容は出社してから確認させてください」

素直に従って早々に切る。

出社するまで仕事のことは二の次。今はこの目の前のお皿に集中したい。

ここのスクランブルエッグはいつも美味しく、最近は毎日食べてしまうほどだ。

やさしい卵の甘さが少しでも癒してくれそうな気がする。

たとえ一人の朝食でも。

 

「倉石様、いってらっしゃいませ」

几帳面な佇まいのドアマンが丁寧にあいさつをした。

軽く会釈を返して颯爽と外に出る。

日本でもトップ3に入るこちらのホテルグループは全国の主要な都市で展開されており、ここ名古屋でもそのラグジュアリー感はお墨付きだ。

 

ホテルからオフィスまではドアtoドアで5分ほど。

朝食時に広がっていたビル群の一つが美果の職場である。

平日の毎朝、このホテルから出社して夜には帰ってくる。

ほとんど毎日このホテルのレストランでディナーを済ませ、部屋に帰って海外ブランドのベッドに身を沈める。

 

土日はのんびり過ごすこともあればショッピングに出かけることもある。

すべてこのホテルから出かけて行き、帰ってくる生活だ。

それもスタンダードな部屋ではない。

スイートルームに美果は住んでいるのである。

このようなラグジュアリーなホテルを日常使いできる人間はどれくらいいるのだろう。

 

 

美果はその文字の通り、男性からも女性からも綺麗だと思われる部類に入るだろう。四捨五入すればもう40になるが、わざとらしい若々しさは無くスタイルも良い。

自分にお金をかけられるのは夫婦二人とも一流企業で仕事をしているということに加え、子どもがいないせいかもしれない。

同じ商社勤務の高史と結婚してもう6年になるが、どちらも子どもが欲しいという意見にはならなかった。

 

恋人同士だった時と同じようにセックスはしているし、精神的にもちゃんとした大人同士が結婚したのだと感じている。

もっとも、高史は現在フランスに単身赴任中であるため、帰国した時にしか一緒の時間を過ごせないのだがそれでも頻繁に連絡を取っている。

世間の夫婦よりも愛情をもって関係を維持している筈だ。

 

美しさを保つのは妻として当たり前。今日は夜にサロンの予定を入れている。

今のラグジュアリーな生活に不満はない、そう思っている。