多分彼女は俺の少し上だろう。指輪はしていなかったしもし噂通りであればシングルの筈だ。
あのままの姿で電車に乗ってもよかったかもしれないが、こちらの申し出があまりに強引だったからかもしれない。
遠慮することなく彼女はシャツを受け取ってくれた。断るのは悪いと思ったのだろうか。今頃着替えて車に向かっているだろう。
俺は一人苦笑した。何だか昔のトレンディードラマみたいじゃないか。
大体車で送るならシャツは貸さなくてもよかったのか?
このまま家まで送ってそれから?
衝動的な自分の行動に後悔する。
ガチャ。
助手席が開いて彼女が乗ってきた。
「迷惑かけちゃってごめんなさいね。でもありがとう」
申し訳なさそうに彼女が言う。
シャツの肩幅が大きくゆるめなのを見て、着替えたことを確認する。言葉にならない感情が沸き上がる。
なんだこれ。ちょっとした優越感だろうか。それとも支配感?
自宅の最寄り駅を聞くと、車で30分程の距離だ。
「家まで送りますよ」
彼女は相変わらず恐縮していたがその方が早いので、やや強引だがそう伝える。
少し躊躇して彼女は言葉を発した。
「あのね、家まで送ってもらったらお茶の一杯くらい出さなきゃな、って一応思うのよ。こちらがそこまで考えることを少しは理解しなさい」
きっぱりと言う。けれど、目は俺を見ていない。
年上ぶっているのか?
今このタイミングを逃してはならないと本能が訴える。
「じゃあ、お茶の一杯くらいご馳走になるまでですよ」
強気でそう言うと、彼女ははっとこちらを見た。
そして微笑む。
「じゃあ家の最寄り駅まででいいわ。さすがに自宅の場所を知られるには早い気がするし」
「では最寄り駅までで」
さすがに自宅は強引だった。まだ自己紹介もしていないのだ。
「新規事業部の加瀬といいます。まだ名前言ってなかったですよね?」
「そうね。私は資材調達部の辻本加澄です。加瀬くん、よろしくね」
彼女の話によると、現在新規事業部が進めている案件で、海外の資材を多く必要とするものがあるらしい。彼女が海外から戻って来て最初に手がけるプロジェクトになるそうだ。
別チームの内容になるので俺は関わらないのだが、今後ミーティングを重ねていくらしい。
そんな仕事の話をしながら唐突に言う。
「加瀬くんももう聞いたのかな。私が海外に飛ばされてたって話」
俺は咄嗟に答えを返せなかった。
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「シャツのお礼がしたい」と出会ったばかりの加澄に誘われ勤務後バーで会うことになった純。バーに着くと一杯目のカクテルを口にする加澄の姿が見えた。