一目惚れなんて本当に実在するのだろうか。少なくともその時まではそう思っていた。
いい大人が立場も何もかも忘れてその魅力に執着していくなんて、ドラマの中の話だけだと思っていたのに。
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「純くんって、よく見るとイイもの身に着けているんだね」
立ち上がった俺の頭から靴のつま先までを一通り眺めてそんなことを言う。
声の主は隣の席の同僚だ。
もう2年ほど隣に座る同じ部署の三村は控えめな派手さを持つ。
彼女は中途入社で、数年前に入社したので新卒入社の俺の方が社歴は長い。
しかし年が近く、俺の同期と三村が以前同じ部署だったこともあって前から飲みに行くような仲だった。
お互い他部署で経験を積み、ちょうど人事のタイミングが合ったのだろう。他支社に異動することも無く、名古屋本社新規事業部の中核としてチームに加わることになった。
三村は失礼なことを一方的に言いながら次のミーティングの準備をしている。
「ほら、重要なプレゼンなんだから早く行かないと」
そう言って急かすのだった。
「まだプレゼンまで30分あるだろ。コーヒーでも入れてから行くよ」
「じゃあ私の分もお願いね」
体よく任されてしまう。三村はいつもそんな感じだ。
はぁ、と溜息をそっとつきながら休憩室へ向かう。
ハンドドリップ、デロンギ、ネスプレッソ。
うちの会社はそこそこの大手なので休憩室も整っている。
海外にも影響のある食品メーカーのせいか社員も嗜好性の高い人が多く、コーヒーや紅茶の種類は複数あるし、ルイボスティーやハーブティーも揃っていて新入社員の時はちょっと驚いた。
ファミレスのドリンクバーとまではいかないが、まぁ近しいラインナップだろう。
カップと豆を準備し、壁側のコーヒーマシンを見ると一人の女性が使っていた。
いや、マシンの音はしていないから使おうとしていた、という表現が正しいだろう。
ちょうど自分も使おうとしていたデロンギだったので待てばいいか。そう思うと同時に女性の佇まいに目がいく。
オフホワイトの薄手のセーター。
うなじの下には翡翠のような色をしたボタンがついており、さらにその下はドロップ開きで背中が覗いていた。
なめらかなのがわかる肌。白く透き通る肌というよりはうっすらと小麦色の躍動的な肌だった。
比較的広めに開かれた布地のせいで、背中の中心がすっと縦に線を描いているのがわかる。
ほどよく筋肉のついた美しい後ろ姿だ。