珠子の選んだ道はまさに茨。
絶えず移り変わり、少しの隙もなく、一定の状態はそこにはない。
『玉の輿』が落とした大きな波紋の先へ…遂に足を踏み入れた!
はじめから読む▶玉の輿 vol.1~珠子の章~
珠子は帰宅してすぐに雄一郎の居場所を問い詰めたが、使用人たちは『知らない』の一点張りだった。
雄一郎の個人車があるのに、帰宅していない訳がない。
今日はタクシーではなく、愛車で出かけていた。
今までもたびたびあったが、今回は見逃せない。
「何処にいるのか教えなさい!急用なの!」
西園寺家に来て初めて怒鳴った。
普段から感情的になることは滅多にないが、愛子の目的を誰よりも知っていたはずなのに…失念していた自分に腹が立つ。
珠子の声を聞きつけて来たのは、昌枝だった。
「何ですか、騒々しい…」
「お義母様!雄一郎さんが何処にいるか、ご存じですか?」
「知ってどうするのです?」
淡々とした口調が明らかな不穏を示唆しているが、今の珠子には感情の抑制が効かない。
「聞きたいことがあるのです。どうしても直ぐに!教えていただけませんか?」
昌枝は無表情のまま、梶原に向かって指を鳴らし、指示をだす。
「はい。奥様。…ご案内いたします」
流石の梶原も躊躇しているようには見えたが、もはやどうでもいい。
珠子は黙って、梶原の後をついて行く。
その時、背後から昌枝が声をかけてきた。
「珠子さん。あなたは、既に西園寺家の嫁です。その自覚だけは、常にお忘れなく」
梶原は、珠子が足を踏み入れたことのない、離れの方まで歩いていく。
珠子が声をかけても無反応で、追っている背中越しにも全く感情が読めない。
一定の速度で革靴を鳴らしていたが、急に立ち止まる。
「珠子様。どうぞ、見るだけにして下さい。その方が、お互いの為に良いかと思います」
それは梶原が見せた、唯一の人間らしさであった事に、珠子が気付いたのはその後の事だった。
別宅の一番奥。
人気のない個室が並んでいるその正面のドアの向こうから、人の声が聞こえる。
甘い、幼い、何処かで聞いたことのある声。
『…ゆう…くん…は…@*#よ…』
子供をあやす様な話し方。
でも、はっきりとは聞こえない。
珠子が、目の前に立ちはだかる梶原を押しのけ、ドアノブに手をかけた瞬間。