されど、実家が豪邸だからという理由でアプローチをかけた男と交際しても、話が合わなかったり、実家は金持ちでもデートは割り勘にされたり、夢と現実の格差を痛いほど知ることになった。
だから、雄一郎に例え珠子の知らない一面があったとしても、結婚した事実だけは絶対に手放さない。
手放してなるものか!!
珠子は幼少期に味わった、苦い思い出を噛みしめながら意識を取り戻した。
すると、遠くの方から会話が聞こえてきた。
「恥、かかせてくれるなぁ…ったく」
「連日、気を張りっぱなしで…疲れてたのよ」
これは、愛子と…雄一郎の声?
今まで、珠子が聞いたことのない口調で嫌悪を露わにした声色。
珠子がもぞもぞと体を捩ると、さっきまでの淀んだ空気が一変する。
「珠子!大丈夫か?」
優しい低音が、耳を掠(かす)める。
珠子は返事することなく、黙って目を開けた。
「ごめんな…心配したよ。軽い貧血だと思うけど、体調が思わしくないなら明日からの予定はキャンセルさせるよ」
大きなダブルベッドが軋み、雄一郎が珠子の顔を覗き込んだ。
「…有難う。心配かけてごめんなさい。私は大丈夫だから、会に戻って…」
「そんな事できないよ…」
「いいえ、主賓が揃っていないなんて、貴方の面目によくないわ。ごめんなさい」
取り繕う体調でもなく、乾いたのどが軋んで上ずってしまう。
それでも、何とか謝罪の言葉だけはかけられた。
「わかった。愛子さんには居てもらうから、何か食べたほうが良いだろうし、此処に運ばせるよ」
そこに居るのは、いつもの雄一郎だ。
でも、さっき聞いてしまったあの声もまた、雄一郎の違う一面なのだ。
珠子は雄一郎の背中を見送り、それと同時に傍に来てくれた愛子の手を力なく握った。
「あんたは、無理しすぎよ…」
愛子の声は相変わらずだ。
年下なのに、力強く、でもどこか達観している。