従業員用の離れの一室で、夜通し泣いた。
芽衣にとっての初恋で、初失恋が雇い主。
叶うはずがない。
芽衣は貯めたお金で家を借り、此処から出ていこうと決意した。
しかし、西園寺に雇われている者たちはそれなりに学歴があり、自分のような若輩者がこんな恵まれた給料で働けるものではない。
解っていても、やるせない。芽衣は雄一郎の寝室の前に立っていた。
自分を救い上げてくれた恩人に真っ先に伝えるのが、筋だと考えたのと…僅かな望みを込めて…。
あの日から、雄一郎が在宅している夜には、芽衣が雄一郎の寝室を訪れる日々が続いている。
しかし、経験値の少ない芽衣でも雄一郎が自分だけと関係を持ってくれているなんて、甘い期待をすることはない。
帰宅する度に、違う女物の香水の匂いを漂わせ、時にはシャツにファンデーションがついていることもあった。
それを見て芽衣は…
『わざわざ、相手にマーキングしたがる女なんてすぐ捨てられるのに。』
と吐き捨て、ダッシュボックスへとそれを投げ込む。
男に色を付けたがる女は、雄一郎のような天空人の傍にいることは出来ない!
否、そうあってはならない!
地主の息子で、働かずとも安泰の生活が約束されている西園寺雄一郎は、ハンサムで、長身で、人当たりも良い。
でも、芽衣は知っている。
彼の本来の顔を。
誰にも見せないその姿を、自分だけは守り抜くのだと心に決めていたのだ。
珠子が輿入れの行列に、ガラス張りのトラックを引き連れて西園寺家の敷地内に足を踏み入れる。
高級住宅街の総てが、その仰々しさに沸いた。
いくら名古屋でも、今のご時世にここまでやる変わり者は少ない。
名古屋の各結婚式場やホテルでも、簡易式が主流となり、予算を抑えながらの結婚式を好む若い層が大半を占めている。
しかし、名古屋の大地主の息子への嫁入りとなれば、この程度はしてくれないと格式に傷がつく。
平凡な一家に白羽の矢が立ったのは、他の財閥との関係がないこと。
そして一般家庭であっても、父親は中小企業の役職があり、持ち家でローンが組めること。
その全てが、調べられていた。
そして、形だけの妻として、珠子はこの西園寺家へ迎えられたのだ。