お色直しには、ブライダルスタイリストをしている友人の愛子が手伝ってくれた。
「珠子は本当に幸せよね…」
愛子は、珠子の2つ下で、まだ独身だった。
「そうね…ここまで来るのに、どれだけ頑張ったと思っているのよ!」
愛子は珠子が婚活パーティーに参加している時に、目ぼしい男が居なかった代わりに知り合った友人だった。
「このドレスだけで、100万はくだらないわよ。今回の婚礼で3千万以上はかけているわよね確実に。凄いなぁ…」
そんなことは当たり前だ。
此処は名古屋だ。
しかも地主の一人息子で、38歳にもなるのに独身だ。
親だって『見栄』というものがある。どれだけ豪勢にするのかは、まさに土地柄の縮図だった。
「でも、私だって結納でしょう…それから家具もちゃんと用意したんだからね。」
そうだ。
新婦が新居に輿入れする際に用意する、ガラス張りのトラックと家具一式はすでに発注済みであった。
両親に無理を言って、借金をしてその用意はしてもらい、珠子が貯めてきた貯金も全て使った。
挙句、お気に入りのブランド品まで全て質屋に入れた。
それは構わない。
結婚して、西園寺の人間になれば、夢が現実にすり替わる。
ショーウィンドーに張り付く事しかできなかった、『HERMES』だって夢ではない。
というよりは、新婚旅行でヨーロッパに行く予定なので、そこで最新の『HERMES』のカバンを買ってもらう約束もしている。
何より、誰もが憧れる、イケメンで金持ちの男とともに過ごし、これからの安定した未来を思うなら、愛用していたブランド物を手放すことくらい、なんともなかった。
愛子は珠子のヘアーメイクを直しながら、まさにシンデレラストーリーさながらの珠子の結婚後について聞いてきた。
「雄一郎さんは、カフェのマスターは続けるの?」
「続けるでしょ?あれはただの趣味だから。最近は投資関連も好きらしくて、マスターっていうより、アルバイトに働かせて遊んでいるみたいだけどね。」
珠子と雄一郎が出会ったのが、雄一郎が経営しているアンティークカフェ『アンデルセン』だった。
経営しているといっても、そこで売り上げを上げる気はほとんどないようで、ただ趣味で買い付けてきたインテリア家具を置き、西園寺が持っている店舗を利用して完全に趣味でやっているような喫茶店だった。
最初はそこのオーナーが、あの西園寺家の息子だとは知らなかった。
ただ、玉の輿を狙っていた平凡なOLでも、日々の生活からハイクラス思考であるべきだと思い、セレブな空間を楽しみつつもそんなに高額ではなく過ごせる、『アンデルセン』が気に入って通っていた。
通っていけば、常連となる。
それなりにオーナーとも会話を交わすようになっていった。
交際するまでは、雄一郎も自分が西園寺だとは名乗らなかった。その理由を後で聞くと、西園寺家の御曹司として寄ってくる女たちには興味が持てないという事だった。
珠子の好きな歴史の話や、特別ではない、珠子のあまりにも平穏な雰囲気を好きになったと言われた。