「こちら、ご確認お願い致します」
すっと目の前に伸びてきた白く細い指先に、思わずビクリとして固まる。
「社長?」
「あ――いや、なんでもない……分かった」
書類を受け取りながら、こくりと頷き――女性社員が離れていったところで、できるだけ静かに息を吐いた。
はじめから読む▶御前崎薫は… vol.1~女が怖い~
二十名ほどの社員が一室に収まった、白を基調とする広いワーキングスペース。社内チャットやメールでのやり取りが多いが、こうして社員が僕のところまでやって来ることも、それなりにある。僕自身も顧客を受けながら仕事をし続けているため、当然打合せだって多い。
(いい加減……過剰反応してる場合じゃないんだけどな……)
社内の男女比率は2:1。数としては多くないが、当然女性の社員とだってチームを組むことはあるし、規模の大きすぎない会社だからこそ「可能な限りフラットで」をモットーに、社員たちとは広く関係性を作っていきたいのだけれど。
「……どうもダメだなぁ」
あの日以来。女性に対する恐怖心が強くなってきている気がする。これまでは、仕事と思えばそれなりに対応できていたはずなのに、最近は表面を取り繕うのも難しい。
「なにがダメなんだ?」
ひょいと近づいて来たのは、会社立ち上げから一緒にやってきた葉山だった。同い歳で、社員の一人というよりも、友人とか戦友という感覚に近い。
「……人生、ままならないなと思ってさ」
「なぁに達観してんの。もしかして、アレの関係?」
ぼそぼそと耳打ちされ、ぐっと言葉に詰まる。アレとは、つまり女性恐怖症とも言うべきこの状態のことだが。葉山は身近な存在の中で、唯一このことを知っている存在でもある。
眉を寄せる僕に、葉山は「はぁ」と頭を掻いた。
「見てりゃ分かるよ。最近、良くなってたのにな」
「ちょっとな……」
同窓会の知らせを見てフラッシュバックしてしまったとは、プライドの関係でちょっと言いづらい。ついでに変質者と間違えられたなんてことは、大爆笑されるから絶対に言わない。
傍からは難しい打合せでもしてるかのように見えるよう、パソコンの画面から目を離さない僕に、葉山は息をこぼすように笑った。
「彼女でもできればなぁ」
「はぁっ!? カノ――」
思わず、大声を上げ立ち上がり。
周囲の視線に気がついて、僕はそっと座り直した。
「……なに言い出すんだよ。そういうことで茶化さないのが、おまえの良いところだったのに……」
「茶化してるわけじゃないけどさ。彼女ができて、女の良いところをいっぱい知れば、女全体に対する恐怖心とか嫌悪感も和らぐんじゃないかと思ってさ」
「なるほどな……」
確かに、それは一理ある。そうなれば、社内や取引先の女性と接するときも、だいぶやりやすくなる。
が。
「……でも彼女を作るためには、女性恐怖症をどうにかしないと」
「人生、ままならないねぇ」
さっきの僕の台詞を真似して、葉山が去って行く。その後ろ姿を見送って、僕は深々とため息をついた。