事故から半年後、静音はふたりのことを鮮明に思い出していた。
何もできなかった自分に代わって差し出された手のこと。
何物にも心動かすことのない静音にとって、自分と他者を繋ぐ最後の糸。
それを手繰り寄せることが出来たのだと静音は安堵にも似た心地だった。
「具合はどう?」
瑞穂は事故から8ヵ月ほどたった頃、千賀家に呼ばれた。
仕事で海外に出かけがちな当主に頼まれたこともある。
それ以上に、瑞穂自身があの事故のことを深く心に刻んでいたからだ。
「変わらないわ」
静音が諦めたように言う。
「そう。でもそろそろよ」
瑞穂が柔らかな口調で、きっぱりと言い切った。
少し沈黙してから静音が口を開く。
「あなたが言うのなら間違いないわね」
そして沙耶香の方へ向き直してにっこりと微笑んだ。
「きっとあなたが来て下さったからだわ」
「そうなの。沙耶香のおかげよ」
「お二人の言っていることがわからないわ。何のこと?」
沙耶香の質問には答えずに、二人は顔を見合わせて微笑んだ。
「時が満ちたと言うこと。何事もそれが一番大切なの」
瑞穂が頷きながら言う。
全くわからない。けれど何だか嬉しくて沙耶香も微笑んだ。
- 解けるパズル
とある料亭の一室。
先ほどまで、双方の両親が顔を合わせて会食が行われていた。
今は当人同士が残されている。
瑞穂は京都のゑり善で誂えた紗の振袖姿。
相手は野中真司。同じく古くから東海圏に居を構える家の一人息子だった。
東京の大学、会社を経て、数年前にこちらの親元に戻ったと聞いている。
なかなかの切れ者で後継者ということを伏せて修行中だとか。
精悍な顔立ちと涼しげな目元が特徴的の好青年。
周りの人間は間違いなく好意的な視線を向けることだろう。