「リナさん大変です!!」
店内から聞こえてくる怒号と、何かが割れる音でリナは我に返った。
「何が…」
状況が全く理解できないまま、川内君の横をすり抜けてホールに向かう。
団体客は壁に張り付き、中央ではレイラの髪を鷲掴みにしているのぞみの姿があった。
「ノンちゃん!!!!」
リナが咄嗟に声を掛けるが、のぞみは野生獣のようにレイラに噛みつく勢いで二人はテーブルに倒れ込んでいく。
「てめぇ!!やっていい事と悪い事くらいあんだろうが!!」
ホステスたちが悲鳴を上げている。
数名のスーツの若い客が手を出そうとするが、全く近付けず脅威を感じているようだ。
『やばい!…道隆は弁護士だ。…警察を呼ばれる!』
玲子の頭の中で警鐘がなる。
その時だった。
しょーこママがプラスチックのバケツに冷水を入れ、縺(もつ)れ合う女二人にぶっかけた。
「いい加減にしなさい!!!」
ママの顔からは想像できない、野太い声がフロアー中に響き渡った。
誰かがスマホで警察を呼んだらしく、店には警察官が数名駆け付けたが、どういう話がなされたのか解らないが、ママが全てを対応して帰した。
客にも他の店を案内するという形を取り、レイラを控室に押し込み、のぞみはカウンター内に閉じ込めて、ママが対応していた。
リナはのぞみと一緒にカウンター内に入り、何があったのかを落ち着いて話すよう促す。
のぞみは「全部あの女が悪い!!」と繰り返すばかりで埒があかない。
ママと川内君が対応に追われていると、古参のシホが説明してくれた。
レイラが、梶がリナの元旦那であることを知りながら、その弁護士事務所の知り合いに営業を掛けて、わざとリナが出勤している日に来させる段取りをしていたのだ。
それを勘づいたのぞみがレイラに問いただすと、子供たちを放っておいて遊んでいる事は事実だからと居直ったらしい。
それに切れたのぞみが、レイラに飛び掛かったという。
「そっかぁ…ノンちゃん。有難う」
レイラに殴りかかる理由は玲子の為だけではなく、引き金でしかないことは分かる。
溜まっていた鬱憤を晴らす為に使われたのだとしても、それでも玲子としては感謝しかない。
しかし、こんな事があれば確実に娘は梶に奪われるだろう。
親権を持っているのに、あくまでも奈緒の意志を尊重して、月に1回会う度に『お父さんと暮らさないか?』と声を掛けていた梶道隆が寛大な人であっても、父親として許せないのだろう。
―その前に…奈緒に、私は捨てられたんだ…そう、道隆さんが言ってたわ…―