日常とかけ離れた世界で、自分の生きる世界ではない場所で、『旅の恥はかき捨て』にするつもりだったはずが、ユウに出会ってしまった。
実父が愛人を囲って浮気をしていたなんて、汚らわしいと罵った口がユウの名を告げる。
『住んでいる世界が違うんだ』とリナを離した手が、ユウを求めた。
専業主婦が、ホストに貢ぎ…。
それが夫に発覚しての離婚。
明らかに夫との夜の営みがなかったにも関わらず宿した命。
何もかもがカッコ悪く、『幸せだね』と笑ったリナの顔に泥を塗りつけ、『お嫁さんになる』と純粋に思っていた自分をも蹴落とした。
だけど、裕也を生んだことに後悔はしたくない。
それだけが、玲子が自分自身に与えたケジメだった。
「あ、母さん…??」
大きなあくびと同時に、引き戸を開けながら娘の奈緒が顔を出す。
「寝られなかったの?」
「ううん…ちょっとね。また、小さな花…買ってくるね」
【ラナンキュラス】がなくなった事に深く傷心しているのは、きっと娘の奈緒の方だろう。
マスターの佐伯からもらった『コリウス』の鉢は、奈緒が大切に自室で世話をしている。
もうすぐ中学生2年になる娘はしっかりしている。
そこは父親譲りなのだろう。
玲子は何をしてもガサツだからと、『コリウス』に触らせようとしない。
「花は…来年の卒業式の時で良いよ!」
奈緒はそう告げると、キッチンに向かっていった。
朝食の準備をしているようだ。
「私…本当に、いいお母さんになれるのかなぁ…?」娘の小さな背中が頼もしく見えた。
リナのように…佐伯のように…大切に思えば思うほど、自ら遠ざけてしまう己の弱さを呪う気持ちに溺れそうになる。
だから…。
―また花を飾ろう。私だって、錦に咲く花になって…この子たちを守らなきゃいけないのだから!―
Next:3月18日更新予定
玲子がラウンジで働くようになってもうすぐ1年。人の入れ替わりが激しいわけではないが、最近は働き始めた当初よりやりにくいと感じる事が増えてきた玲子だった。