18時50分に、莉子は小枝子に電話を掛けた。
近くまで来ているのだが、駐車スペースが解らないと伝える。
表札も確認し、さっきまで停まっていなかった外車が駐車されている横が空いていた。
小枝子の苗字は、柳楽だったが、表札には、遊川と書いてあった。
それも、小枝子から聞いている。
解らない訳ではないが、あえて小枝子から迎えに来させる。
早めに着いていて、初めて行く場所で、勝手に入ってしまうなんて無粋な真似はしない。
右側の路地を曲がった所に車を停めて、大きな玄関が空き小枝子が電話を握りながらキョロキョロしている様子を見ていた。
いつもと変わらない、パステル色が強めのロングのワンピースだ。
ちょっと焼けた綺麗な肩が印象的だった。
満面の笑みをこちらに向けて、大きく手を振ってくる。
見た目も、そのテンションも、ずっと変わらない小枝子のままだ。
軽く手を挙げ返して、駐車スペースに車を入れる。
莉子は車の運転には自信があったし、いつも慎重だった。
車の運転の仕方で、相手の真相心理が解ると車のディーラーの男も言っていた。
普段は紳士的な物腰の男でも、高速で飛ばし、歩行者優先を守らない等、細かい運転の粗さでその人の人格が見えるものだ。
なので、莉子が車を運転する時は、鬱陶しいと思ってもそれを出さないように心がけるようにしていた。
いつなん時、誰に見られているとも知れない意識はそこから生まれる。
車を上手く高級車の横に駐車し終えると、小枝子が駆け寄ってきた。
「さすが莉子だねぇ。ほんと、運転上手い!私なんて此処停めるの怖くて、車売っちゃったよ。久しぶりだねぇ!」
やたらテンションが高い小枝子は、自分の感情のままに口を開く。
基本的に横に広く口を動かし方で、早口なのに口をそんなに動かさない。
小枝子独特のしゃべり方だった。
「久しぶり。」
莉子はにっこりと微笑みかけた。
電話では連絡しても、実際に顔を見て話すのは、1年以上ぶりだった。
「小枝子は相変わらずだね。」
そう、全く変わっていない。初めて互いを意識した大学生の頃から。
ビジュアルも雰囲気も全く変わらない。
「莉子も相変わらずって感じだね。」
小枝子は莉子の腕に自分の腕を絡ませるようにして、はしゃいでいた。
莉子は、それに付き合いながら、後部座席に乗せていた手土産を出した。
「はい。これ。小枝子が好きなヴィンテーンのワッフルと、旦那さんの趣味が解らなかったから、お酒のアテよさそうな乾物とか色々。」
それなりに名の売れた洋菓子の老舗『ヴィンテーン』のワッフルは必ず小枝子と会うときには用意する。
男性は甘いものへの好き嫌いがある為、解らないときはお酒を飲まれる人なのかを確認する。
それが、莉子流のご挨拶だった。
高いものを差し入れれば喜ばれるものでもない。
ご挨拶には、日持ちがするもので、邪魔にならないものが重要なのだ。
そこを分かってない男たちに物をもらい、そのままゴミ箱いきか、甘いものがあまり好きではない莉子は、そのたびに小枝子に渡していたこともあったので、身に染みて解る。
「とりあえず、立ち話もなんだし、入って!今、旦那がローストビーフ作ってくれてるから。」
「なんか、申し訳ないわ。」
「いいの、いいの。私の唯一の親友に会いたいって、向こうの方が喜んでるんだから。」