天然悪女から、真正悪女が生まれる時。
些細な嫉妬からもたらされた、新たな唇が莉子を目覚めさせる
前回:悪女 ~ Movement of the mouth ~ vol.3
新興住宅街の一角を車で回り、ナビ通りに大体の位置は確認し、そこから抜けた先に車を駐車させ、莉子はコーヒーを買った。
普段は好んでコーヒーを飲むタイプではないが、莉子は気合を入れるためにブラックコーヒーで喉を潤す。
新築だけあって綺麗だったし、家族専用に作られた大きな庭付きの一軒家だった。
白い壁と淡い黄色をモチーフにしたデザインは、洒落ていて、小枝子なら選びそうだとも思ったが、新築一軒家を小枝子の収入で購入できるもはずがない。
しかも、この地域はそれなりに高級住宅街で有名だ。
旦那がボンボンなのか資産家なのか、小枝子にしては良い案件を手に入れたなぁと改めて実感する。
今までの小枝子が相手にしていた男たちは、俳優を目指しているフリーターや、インディーズ止まりのミュージシャン。
一番面倒そうだったのは、そこそこな閲覧数を稼いでいるYouTuberだった。
その他にも会社員等もいたようだが、可愛がっている相手は大体芸能関連に携わりたいと夢を語る男が多かった。
全くの無名ではなく、全部がそれなり。
脇役でもなく端役程度では、ドラマにも出演していたが滅多に見ない顔。
小枝子から、彼氏が出演するから見てよ!
と連絡がきて見たが、業界を知らない者からすれば、大した事ではない。
莉子にはテレビのプロデューサーをしている男と関係を持っていた事もあるので、話を聞けば「全国放送なら、頑張ってる方じゃない?」との返答だったが、それはあくまでもその業界内での評価である。
付き合う相手のレベルが明らかに違うと、優越感を覚えていた事に今更気づかされる。
莉子はブランド物の化粧ポーチからミラーを出して、いつもよりちょっと赤めのグロスを手に取った。
化粧は崩れていない。
グロスだけ塗り直して、自分の唇を確認する。
笑う時に唇がめくり上がりすぎないように、下の唇より上の唇を意識するように。
表情を確認した。
「よし・・・」
小さくつぼむように口を動かしたあと、鏡に映っている自分の瞳が気になった。
―なんか、いつもと違う―
付けたばかりのマツエクが歪んでいる訳でもない。
二重の皺にアイラインがよれている訳でもない。
なのに、目の形がいつもと変わって見える。
カラーコンタクトを入れてきたわけでもないのに、その瞳は煌めいて見えた。
初めての感覚だった。
―私って、こんなに瞳を輝かせることが出来たんだ。―
毎日何度も見ている自分の顔なのに、何かが違うと莉子は感じた。
初めて感じた違和感が、小枝子への嫉妬であり、それが自分の中にあった何かのスイッチを押したのだと実感した瞬間。
莉子の唇は、綺麗な湾曲を魅せた。
「天然悪女って言ったの…小枝子。あなたでしょ。」
縦に開く唇は、自分で見ても美しく滑らかに動いていた。
少し、熱を持ったぷっくりとした唇を、突き出した。
一時期流行ったアヒル口とは違う。
あれは、幼さが見える。大人の女が魅せるのは大人のキスを模した形だ。
莉子は吐息を漏らしてから、車を発進させた。
そこには、大きな決意があった。
―小枝子に導かれた生き方は、自らで終わらせる。今から私が選んだ道を歩んでいく。―