顔を上げて斗真を見つめると、心なしか笑顔が浮かんでいる気がした。
「俺、結婚することになったんだ」
そう言って、左手を見せる斗真。さっきまで気が付かなかったが、左手の薬指にシルバーリングが光っている。私は胸の奥が痛む気がした。
「あのとき莉奈も会った、悠里と結婚するんだ」
そういえば、あのとき斗真の隣にいた女性はそんな名前だった。名前なんて忘れるほど、私は怒りしかなかったのかもしれない。
「おめでとう。幸せになってね」
私は精一杯の笑顔で言う。ちゃんと笑顔は、作れていただろうか。必死の反抗で「私も今、付き合っている人がいるの」と和哉さんのことについて話す。
「良かったね、そんな素敵な人と出会えて」
私の話を聞いて、嬉しそうな表情をする斗真。
「莉奈なら幸せになれるよ。傷つけてごめん」
今までにないくらいの優しい声で、斗真は私に告げた。だけど、その優しさになぜか虚しさがこみ上げてきた。
そっか、私、斗真がまだ好きなんだ。
和哉さんと幸せになると決めたはずだったのに、私の心にはまだ斗真がいたのだ。今日会って、自分の気持ちを再認識する。そんな気持ちなど知らず、優しい言葉をかける斗真。これ以上一緒にいたら、奪いたくなってしまう。
「ごめん、この後デートなの」
必死でついた嘘。きっと斗真は、この嘘に気づいていないだろう。もし嘘だと思ったとしても、私が嘘をついた理由なんてわからないはず。
「あ、そうなんだ。ありがとう、その前に来てくれて」
そう言って私を出入り口まで見送ってくれた。
「じゃあ、末永くお幸せに」
涙を堪えながらの最後の強がり、声は震えずに言えたかな?斗真の顔を見ると、今まで見たことがないくらいの笑顔だ。それだけ幸せで満ち溢れた生活をしているのだろう。私は、斗真の新しい彼女に負けたことを思い知らされる。
もしかしたら、どこかで斗真とよりが戻せることを期待していたのかもしれない。だから、こんなに悔しいのだ。
私は真っ直ぐ家に帰ると、ベッドに直行した。枕に顔を埋めて流れる涙を必死で抑える。次第に、顔を押し当てていた枕が濡れていくのがわかった。その日は服も着替えず、泣き疲れて眠ってしまった。
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結婚相談所で出会った医師・和哉からの突然の電話に戸惑う莉奈だったが、「どうしても話したいことがある」という和哉に押し切られ、ある場所へと連れていかれる。