いつだって、和哉さんが優先してくれたのは私だった。デートの日時も場所も、全部私に合わせてくれた。きっと、和哉さんは私の好きなものをたくさん知っている。でも、私は和哉さんのことを全く知らない。
そう思うと、なぜか無性に会いたくなった。私は意を決して、和哉さんに電話をかけた。1コールもしないうちに「もしもし」と1週間ぶりに聞く声がした。
「今日、会えませんか」
私が電話をかけてからわずか30分後、和哉さんは私の家に来てくれた。和哉さんを家にあげるのは初めてではないが、今日はなぜだか緊張する。それは、和哉さんも同じようだ。
部屋に通し、和哉さんの隣に腰掛け、先ほど淹れたコーヒーを差し出す。「ありがとう」と落ち着かない様子でコーヒーを飲む和哉さん。
「この前の返事、ちゃんとしようと思って」
和哉さんの目の前に座らなかったのは、目を合わせて話すことができなかったから。それは和哉さんも同様で、お互いが正面を見ながら壁に向かって言葉を発する。
「どんな答えでも、莉奈さんが決めたことなら僕は受け入れるだけです」
言葉では強がっている和哉さん。こんなときにまで私の気持ちを気遣ってくれる優しさに頭が上がらない。私の中で、和哉さんへの返事は決まっていた。だけど、それを伝えようとすると、和哉さんの口が開いた。
「返事を聞く前に、僕から1つ言わなくちゃいけないことがあります」
「え?何ですか?」
「この前、莉奈さんが他の男性とカフェで会っているのを見たんです。あれ、前付き合ってた方ですよね?」
あれは、斗真に呼び出されてカフェで結婚の報告を受けたとき。たまたま仕事で近くを通りかかった和哉さんは、私たちの姿を見ていたのだ。
「浮気とかそういうのは疑っていません。でも、莉奈さんがあの男性を見る目が友達とかそういう類ではない気がして。もしかしたら盗られてしまうんじゃないかと思って、プロポーズしたんです」
あの日、和哉さんがどうしても会いたいと言った理由がわかった。結婚を急いでしまうほど、和哉さんが私のことを好きだという気持ちが伝わる。
「あの日会っていたのは、確かに元彼です。別の女性と結婚するって、報告を受けていただけです」
私は、斗真と会った経緯について和哉さんに話した。そして、プロポーズの返事をすぐにできなかった理由も。和哉さんは私の話を黙って聞いてくれた。そして、真剣な表情でこう言った。