小声で問いかけると、私の手を握る彼の手の力が強くなる。そして真っ直ぐに見つめられ、返事が返ってきた。
「好きです、俺と付き合おう」
最初は私が追いかけていた彼。だけど、もう彼が私を追いかけている。
「私も好きです、よろしくお願いします」
私、松村莉奈は大手企業の営業部のエース高橋斗真と付き合うことになりました。
斗真と付き合ってから、毎日が楽しくなった。斗真が勤めている会社は私の会社との取引も多かったから、社内で見かけることも多かった。斗真と付き合っていることは社内でもいつの間にか広まり、茶化されることもあった。
「止めてくださいよ」と口では言っていたが、私も斗真も満更ではなかった。社内でも茶化されるくらい、公認のカップル。斗真と結婚するのは時間の問題だと思っていた。
斗真は仕事が忙しかったから、デートする機会は少なかった。だけど、どんなに忙しくても毎日のようにLINEを送ってくれたし、会えない日が続くときにはたった数分でも電話して声を聞かせてくれた。
そんな斗真の行動に私は安心感を覚えていた。不満なんて、全くない。
1カ月、2カ月、半年…。あっという間に時は流れ、斗真と付き合ってから1年もの月日が流れた。
当時の私は24歳、斗真は28歳。そろそろお互いが結婚について考えても良い年齢になっていた。だけど、斗真から結婚の話題は全く出なかった。
付き合って1年の記念日を迎えて3カ月ほどが経った頃、私は斗真とドライブデートに行くことになった。斗真の車に乗って恋路ヶ浜に向かう。ここは「恋人の聖地」とも呼ばれている場所だ。
車に乗り込み、助手席に座る。斗真の運転している姿を眺めながら他愛もない話で盛り上がる。走り出してから10分ほど経ったところで、音楽を流そうと私は車のダッシュボードを開いた。すると、どこからか小さなアクセサリーのようなものが足元に落ちた。
「何か落ちたよ」
斗真に話しかけながら落ちたものを拾い上げると、それは小ぶりのイヤリング。一瞬、私の表情は強ばる。頭の中に「浮気」の二文字が浮かんでしまった。思わず声が低くなり「これ誰の?」と強めの口調で問いかける。
「あ、それ妹のだわ。この前車に乗せたから」
私の不安をよそに、淡々と答える斗真。嘘をついているようには思えなかった。それに妹がいるという話は聞いていた。咄嗟に出た言い訳とも思えない。「そっか」と私は特に気にせず、拾ったイヤリングを斗真に渡した。
到着して辺りを見渡すと、綺麗な景色が目に映る。辺り一面に広がる青い海。大好きな斗真と一緒に見られて、本当に幸せだった。
こんなに綺麗な景色を見ていると、斗真との将来のことで頭がいっぱいになる。
頭の中で「結婚したい」という思いが強くなった。だけど、もし私がここで結婚を迫ったら、重い女だと思われるかもしれない。それだけは避けたかった。
斗真のタイミングで、斗真の口からプロポーズして欲しかったのだ。私から逆プロポーズするのは、私のプライドが許さない。最初にアプローチをしたのは私なのだから、その後は斗真にリードしてほしかった。
だけど、付き合ってからもう1年が経っている。斗真が私との結婚を考えているかどうかが不安で仕方なかった。
もし、私との関係を本気で考えていなかったら?
そう考えると思考はどんどんマイナスに陥る。結婚できないのなら、斗真と一緒にいる意味なんてないのかもしれない。