NOVEL

妻のトリセツ vol.9 ~『加害者』の座談会~

裕司はこれらの自分がした行動を全く覚えていなかったし、多少妻や子供に強く言うくらいはどこの家庭もやっていることだと思っていた。

それは正しい教育、しつけのために必要なことであって、俺のようなきちんとした人間が妻たちを導いてやらなくてはならないのだと。

パンフレットから顔を上げる。捨てようと思ったが、係の人間とやらがいるので仕方なくそれを鞄に仕舞った。後で捨てよう。こんなものを持っているのが見られたら、何を言われるか分かったもんじゃない。

 

そして、同じような人間たちと距離を置いて座らされ、座談会とやらが始まった。

 

 ***

 

「今は、妻に感謝することもあるんですよ」

 

隣の席――離れてはいるが――に座っていた男が話し出す。一見普通の男性で、休日にも関わらずグレーのスーツを着込んでいた。名前は黒瀬と言っていたが、こういう場だし偽名かもしれない。黒瀬はとうとうと話し続ける。

「当時は当然だと思っていたんですが、妻が居なくなって気付いたんです。ああ、そうか、よく考えれば家事も仕事なんだなって。だって、妻が居なくなった途端に家が荒れ放題になったんですよ。家事をやってくれる人がいなくなったからなんですよね。僕は家事なんて今までやったことも手伝いすらしたことなかったから、それが分からなかった。出て行けなんて軽く言っちゃいましたけど、いなくなってから気付いたんですよね」

 

黒瀬の微笑には自嘲が混じっていた。

 

「昔は、家事だけやって暮らしていられるなんて、何て楽な生活をしているんだろうと思ってたんですけど……。だって、食べて寝て、あとは家事するだけでしょう? 遊んでるのと変わらないじゃないか、なんて考えてたんですよね」

 

そこで、黒瀬の正面に座っている誰かが、「いや、だってそれは、そうじゃないですか。仰る通りですよ」と太い声を発した。実際、裕司もそう思った。

 

しかし、黒瀬は穏やかに反論した。

 

「それがそうじゃないんですよね。今だから思いますけどね、食事したら汚れた食器が出てくるじゃないですか。これをまず洗わなきゃいけなくて。風呂に入ろうと思ったら洗ってから沸かさなくちゃいけなくて。トイレも使ってるだけで汚れてくるんですよね。これを掃除して……。僕なんか全然慣れてないもんだから、これ全部やろうと思ったら大変な目に遭いましたよ」

 

参加者の一部からは笑いも漏れた。何を当たり前のことを言っているんだ、という、黒瀬に対する嘲笑である。