「ごめん、そういうことじゃないんだ。誤解しないでほしい」
「じゃあどういうことなの?」
調子を取り戻した賢人に、やや怒り気味の水希が突っかかってくる。しかし、賢人はもう水希に興味をなくしていた。
面倒臭いし、ここでさっと別れ話をしてもいいなあ。
なんて血も涙もないことを考える賢人だったが、彼女の姿を改めて眺めて思うことがあった。
(じきに、彼女も職を失うんだろうな)
オギワラの記事が世に出れば、当人が失脚することはもちろん、その秘書である彼女も仕事を続けることは当然出来なくなる。
(こうやって、きちんとしたキャリアウーマンとして働けるのも、あと少しか。まあその後のことは知らないけれど)
いかにも挫折を知らない経歴の持ち主である彼女が、少しだけかわいそうに思える。なんせ、彼女が今後働けなくなるのは賢人のせいなのである。
(ちょっとくらい、罪滅ぼしした方がいいかな?)
そんな考えが脳裏をよぎる。
「水希」
少しだけ考えたあと、彼女の名前を呼んだ。水希の声は、やはりどこか少し固いままだった。
「……なに」
しかし、お構いなしに賢人は言葉を続ける。水希の目をまっすぐに見つめ、そしてにっこりと微笑んで見せた。
そう、彼はもうひとつの仮面を、改めて付け直したのである。
「デート、やり直そう」
まあ、本当のことを言っていないから仕方がないことなんだけれど、水希は俺と付き合っているつもりでいるらしい。
多分、この交際は彼女なりに真剣で、しかも上手くいくと思っているんだろう。
なら。
(最後くらいは、夢を見せてあげるのもいいか)
賢人はそう考えたのである。
***
『誤解させたのはごめん。でも仕事だったのは本当だ』
『取引先の人がこの近くで飲みにでも行こうって連絡してきたから、会いに行ってきただけ』
信じてくれたのかは非常に怪しいものだ。だが、賢人はそんな言い訳をまことしやかに口にした。
その後。
店を出て、水希と手をつないで夜の街並みを歩いていく。
誰かが目にすれば、美男美女のカップルだと思ってくれるだろう。
水希はまだ不機嫌そうではあったが、手をつないでも勝手に歩き出しても、振りほどくこともない。
ファーストフード店から歩いて15分ほどのホテルにたどり着く。比較的最近オープンしたばかりの綺麗なホテルは、ポップな雰囲気のロビーが珍しい場所だった。
水希は、その時ばかりは少し不安そうな目で建物を見上げた。
しかし、賢人は彼女の不安を取り除くかのように、にこりと微笑んで水希に話し掛けた。
「水希。俺はね、何だかんだ言って、仕事が一番大事なんだよ」
それは本音だった。でも、ここからは嘘だ。
「……けど、君もとても大事に思ってる。今夜は、俺と一緒にいてくれないか?」
Next:11月10日更新予定
ホテルで賢人に甘い言葉を囁かれ有頂天になる水希はいつの間にか寝入ってしまう。その姿を見届けた後、賢人はひっそりとホテルを後にする。