「私をだましていたのね」
水希は興奮してまくし立てるようなことはしないものの、ひとつ扱いを間違えれば爆発しそうなくらい、何かしらの感情に震えているように見えた。
はじめから読む:二つの顔を持つ男 vol.1~もうひとつの仮面~
「水希、落ち着いて。ちょっと店にでも入って話そう。ここじゃ目立つし……」
一方の賢人は、必死に冷静になろうとしていた。大丈夫だ、見られていないはずだ――。まだ取り戻せる。水希を言いくるめさえすれば、それで何も問題はない。
彼女に近付いて、その手を掴もうとする。水希の手は一瞬だけ強張ったものの、こちらが手を握って軽く引くと、思ったより素直についてきた。
***
近くにあったファーストフード店に入る。時間が時間なため、人影はまばらだった。水希はあまり慣れていないのか、店内に掲げられているメニュー表を少しばかり見回していた。
「あのね、水希。だましてたってどういうこと?俺は別に何も」
賢人は飽くまでしらを切り通すつもりで、平然と話を切り出す。
しかし、対面に座った水希は、ぽつぽつと俯きがちに言葉を紡いでいった。
「賢人さん、お仕事があるって言ってたじゃない」
「……仕事?」
「言ったわ。さっき、オアシスで会ったときに」
水希は数時間前にデートしていた場所の名前を挙げた。ああ、そう言えばそんなこともあったな、なんて、賢人はすでに忘れかけていた記憶からそれを引っ張り出した。必要ないことは覚えない主義である。
「ああ……。うん、そうだね」
そう言えば『仕事があるから』って言って、その場から離れてオギワラの元へ向かったんだったか。すっかり忘れていた。
「それがどうかした?」
と、言ってしまったのがまずかった。それが引き金になったらしく、水希は急に、綺麗な形の眉を吊り上げて怒り出した。
「どういうこと?賢人さん、全然仕事の素振りじゃないでしょう。もしかして、私とのデートが嫌だったからそういう言い訳したの?」
ああそうか……。どうやら、自分が経営者として働いていると嘘をついた場所から、随分と離れたこの駅でぶらついていたところを見られたのが問題のようだ。
と、いうことは。
水希は俺の正体に気付いていない。
写真を撮ったところを見られたわけでもなければ、オギワラのことを探る目的のために近付いたということもバレていない。
(……良かった。それなら全然問題ない)