「じゃあ、俺今から会社に戻りますね」
「おう。おつかれ」
草壁にねぎらわれ、賢人は早速写真のデータを持ち帰ることにした。深夜だろうが何だろうが関係ない。ネタが取れれば動くのだ。
鼻歌まじりに、何なら軽くスキップでもしそうなくらいに今の賢人は機嫌が良かった。
会社の最寄り駅まで移動し、駅から出る。ぶらぶらと歩く。夜空を見上げると何だかいつもより澄んでいる気がする……。気のせいだろうが。
(よっしゃ……!これで、またひとつ出世に近付いて……)
「賢人さん」
そんな賢人のご機嫌な思考を打ち砕いたのは、聞き慣れた女の声だった。
間の抜けた顔で視線を前に戻すと、少し離れたところに水希が立っていた。
水希は……。ぱっと見、怒っているように見えた。
一気に賢人は現実に引き戻された。一瞬、汗が噴き出た感覚さえした。
(まさか……。つけられてた、とか?それとも、たまたま見られていた?いや、たまたま見るような時間でも場所でもなかった。そうじゃないとしたら、俺のことを怪しんでやっぱり尾行していた?)
「賢人さん。どういうことなの。話して」
水希は、何とも言えない、何かを堪えているような表情をしている。泣きそうなのを我慢している、怒りだしそうなのを我慢している、そんな感じだ。両肩だって震えが走っているように見えた。
「み、水希。どうしたんだ。どういうことなの、って、何のこと?」
あくまでしらを切ってみる。落ち着け、そっと呼吸をしろ。目を逸らすな。大丈夫、バレたと決まったわけじゃない。墓穴を掘ったりしない。
ここで怖いのは、すでに彼女が何もかも知ってしまっていると仮定して、オギワラやその周りに報告されてしまうことだ。特に、写真のデータだけは死守しなければいけない――。
水希は未だ暗い顔をしている。
「私を、だましてたの?」
続く彼女の言葉を戦々恐々としながら待つ。
いや、逆転の手立てはあるはずだ――。
賢人はぐっと鞄の持ち手を握り締めた。そうだ、俺の出世のため、このデータだけは何としても守り抜かなければ。
向かい合って立つ二人の姿を不思議そうに眺めながら、人々が通り過ぎて行った。賢人は頭を働かせて、この場を取り繕う手立てを考えていた。
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水希との関係を続ける気はない賢人だが、何食わぬ顔で今にも感情が爆発しそうな水希を気遣う振りをする。