賢人は逸(はや)る鼓動を抑えて、勝手に喋る水希を誘導していく。
「へえ……。そんな人が上司じゃあ、水希は確かに大変だよね。ひどい人なんだ?」
水希はこちらの思惑など気にしないまま、まるで舞台上の役者のように、大げさに身振り手振りを交えて話を続ける。ガラスの床のライトアップが、彼女の姿を綺麗に照らしていた。
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はじめから読む:二つの顔を持つ男 vol.1~もうひとつの仮面~
「うん、本当にひどいの!私のことをこき使ってるくせに、たまにいやらしい目で見てくるんだよ。セクハラもいいところだよ。表面的には潔癖なくらいの人っていう印象があるみたいだけどさ……」
「実際には違うんだ?」
「大違い!本当はとんでもない女好きって感じ。ちょっとだけなら見た目もイケてるんだけどね?まあ、実際凄くモテるみたいだし……。でも、だからって平日はほとんど奥さん以外の女性と遊んでるとか、ありえないでしょ」
賢人は、奔流のようにほとばしる水希の話を聞きながらも、口元が勝手に笑みの形を作りそうになるのを必死に抑えていた。
いける。予感は確信に変わっていった。ようやく実を結びそうだ。スクープを掴めるぞ!
水希の迂闊な言動に感謝しながら、そのまま話を続けるよう促した。
「……へえ。平日はほとんど、他の女性と?」
「うん。あれじゃ奥さんかわいそうだけど、まあ、気づいてないみたいだしね……。土日はちゃんと奥さんやお子さんと一緒に居て、いい旦那さん演じてるみたい。でも本当は、平日は他のいろんな女性と遊んでて……。特に最近は、東区のあたりでお気に入りのひとと飲んだりして過ごしてるんだって。職場の人たちの間でちょっと噂になってるみたい」
「東区のどのへん?」
そこで水希はようやく、まるで初めて賢人の存在に気付いたかのように、賢人の顔をまじまじと見つめた。
「……ねえ、賢人さん。仕事の話ばっかりじゃつまんない。せっかくのデートなんだから、私、もっとゆったりお食事したり飲みに行ったりもしたいわ。愚痴を聞いてくれるのも嬉しいけど……」
いいから答えてくれよ。と、危うく本性が出そうになった賢人だったが、かろうじてその言葉を飲み込む。
べらべら喋ってくれたのは幸いだった。けど、さすがに突っ込み過ぎたか。これ以上は、こちらの正体が水希にバレるどころか、下手をすればオギワラに連絡を取られておしまいになるだろう。そうなったら“二兎を追うものは一兎も得ず”になってしまう。水希にバレるのもまずいが、オギワラのスクープを逃してしまっては本末転倒だ。
賢人は時計を確認した。まだ20時……。間に合う。
今から、さっき得た情報を基にオギワラの元へ向かったらどうだろうか。千載一遇のチャンスだ。それに、水希との関係を続けているのもいい加減限界だろう。彼女は俺のことを気に入ってくれているようだが、嘘をつき続けることはできない。
オギワラは女性と飲みに行っている、と水希は言っていた。単純に考えれば居酒屋やバーだろう。目立つ場所を選択するとも思えないから、会員制のバーの可能性もあるが、場所が場所だからな……。
じゃあ、そこらへんを洗い出して探して……。
「ねえ、賢人さんってば。どうしたの?さっきから。上の空よ」
しびれを切らした水希が話しかけてきた。ああ、今はそれどころじゃない!
「……。ごめん、水希。ちょっと用事を思い出した。仕事が残ってて。今度必ず埋め合わせするから」
「え?」
「本当にごめんね。駅の方まで送るよ」
「ちょっと、賢人さん」
スマホに着信があった振りをする。画面が見えないようにしてスマホをいじり、仕事の連絡に忙しいという体を装いながらも、水希のご機嫌取りをする。
当然彼女は、内心烈火のごとく怒っていたに違いない。
そこで、賢人は心の中でこう言い訳をした。
(まあ、そんなに長くはもたない関係だし)