ワンランク上のホテルの内装に賢人は内心口笛を鳴らしていた。
二人で過ごしているうちに、水希の態度が明らかに軟化を始めたので、賢人は余計に笑みを禁じ得ない。
はじめから読む:二つの顔を持つ男 vol.1~もうひとつの仮面~
「あの、賢人さんは……」
と、彼女は賢人のことをすでに下の名前で呼ぶようになっている。
そうなると、こちらはどう呼ぼうかと悩んだのだが、水希自身から『名前でいいですよ』と言われてしまったので、お言葉に甘えて『じゃあ、水希さん』と呼ぶようになった。
「ん?何ですか?」
「賢人さんは、こういうの、慣れてるんですか?」
うん、けっこう慣れてる、とはまさか言えまい。賢人は咳払いをしてから答える。
「まさか。水希さんがあまりに魅力的だったので、ついついこんなところまで連れてきてしまったのですが……。……やっぱり、ちょっと強引でしたよね。ご迷惑でしたか?」
「いえ、とんでもないです」
賢人はソファでくつろぎながら、対面のソファに座る彼女の姿を眺める。
非常に女性としてのスペックは高く、一見して気も強そうではあるが、実際はまだまだガードの甘いところがある。そんなところを俺みたいな悪い男に付け込まれてしまうんじゃないか…。
「そういえば、確か水希さんはどなたかの秘書をなさっている……とか。羨ましいですね。こんなに素敵な女性と一緒に仕事ができるなんて」
そう、本題はそこである。俺が用事があるのは君じゃなくてそのお偉いさんの方なんだよ、と、ぶちまけてしまいたい気持ちをぐっとこらえて飽くまでさりげなさを装って話を振ってみる。
すでに彼女から、自分は秘書をしているのだ、ということまでは聞いていた(これに関しては、仕事は?などと何回か話を振れば、しぶしぶといった感じだったが明かしてくれた)。
言うまでもなく、その上司はオギワラという名前の実業家で……などとは当然聞いていない。深く立ち入ろうとすると、さすがにというべきか、するりとかわされてしまった。
だから、更に親しくなってオギワラのことをもっと探りたいのだが、やはりまだ難しいだろうか。そう思いながらも少し鎌をかけてみることにした。
「いえ、そんなことはないです」
「そんなことありますって。いいですね。自慢でしょうね、その上司の方は。男としては、やっぱり綺麗な方に秘書になってもらえたら嬉しいですから」
「ああ……」
こちらがさりげなく振った話題に対し、水希は一瞬だけ頷きかけた。
だが、すぐに「いえ、すみません、あまり仕事の話は」と堅い声を発した。こほん、と軽く咳をしてごまかす。
(……これ以上は、今は駄目か)
ちっ、と、舌打ちが漏れそうになる。少しは親しくなったつもりでいたんだが。まだ上司の素性をバラしてくれるほどじゃなかったか。
「私より、賢人さんのことを聞かせてください。賢人さん、社長だっておっしゃってましたよね。どんなお仕事をしてるんですか?」
「ああ、それは……」