玄関を上がり、すぐのところにキッチンと冷蔵庫が配置されている。名駅まで一駅にも拘らず、程よく自然があり家賃も名古屋市内ほどではないこの場所を、ある程度気に入っている。冷蔵庫を開け、作りおきのタッパーをどけてスペースを空ける。そこに買ってきた缶チューハイと、少しのつまみを入れて扉を閉めた。
「お、おかえりー」
リビングの扉を開けると、無条件にホッとする声が聞こえてきた。同棲している須藤雅。同じく名古屋市内で働く不動産売買の営業マンだ。いつもは帰りが私よりもはるかに遅いのだが、今日は私が事務処理に手間取ってしまった。
雅は軽く寝ころんでいたソファから体を起こすと、無造作にこちらに近づいてきた。身長は高くないが、温和なその人柄は、私の全てを肯定してくれているようで安心する。彼もすでにお酒を飲んでいるようだった。
「今日遅かったねえ」
「うん。ちょっと疲れちゃった」
「そうかそうか」
ジャケットを脱ぎ、風呂場の脱衣所へ向かう。シャワーを浴びて、先ほどしまった缶チューハイを冷蔵庫から取り出した。プルタブに手をかけて、力を込めて起こした。中の空気が漏れる音とともにほのかなアルコールの香りが鼻腔を刺激する。
つまみはコンビニで買った砂肝だ。確かな食感とちょうどよい塩気が酒を進ませる。しばらく、雅が見ていた洋画を隣で見て酒を飲んだ。すぐ近くに感じる雅の体温は、少しアルコールの回った私には心地よかった。
少しずつ瞼が落ちていき、少しずつ身体を雅に預けていく。映画の中身は、最初からあまり頭に入ってはきていなかった。身体よりもむしろ心が疲れていた私には、この安心に全てを預けたい気分だった。
雅と少し目が合い、タイミングが最初から決まっていたかのようにキスをした。
その日、セックスはしなかった。二人が一緒の空間で同じものを共有している。その感覚に、ただひたすら身を任せて眠った。
◆
次の日、いつも通りに出勤し、いつも通り業務をこなした。タイアップの予定が白紙になったことによる損害は大きく、どこで取り返すかを考えなければいけないが、一旦は落ち着くことにした。まずは目の前の業務を一つずつこなし、道を見つけなければいけない。
「お疲れ様です!資料の確認お願いします!」
「わかりました。そこに置いておいて」
部下の資料を添削し次の企画の種を探す。良い部分は伸ばし、足りない部分は補う。一つずつ重ねていくしかないのだ。
「立ち直ったみたいね」
山下がいつも通り、脇に資料を挟みながら話しかけてくる。
「えぇ。なんとか」
いつまでも気分を落としている場合ではないのだ。コーヒーを机に置き、パソコンに向かった。