女性は海のようだ、と思う。
今まで僕が見てきたどの女性も、容姿や年齢、性格、さまざまだった。
前回:ルピナス―芽吹く街角で 第二章 vol3~秋、紅葉を見るために婚約者がいるのに初恋の人とデート。彼の過去を聞いて距離が急接近、もうこの想いは止められない...。~
はじめから読む:ルピナス―芽吹く街角で 第一章 vol.1~世間知らずの令嬢インフルエンサー、500万フォロワー女子の悩みとは?~
◆
ほのかな興味から深淵を見ようとして、何度も海底に引きずり込まれそうになったり、空気を全部吐き出して息絶えそうになったり。
中には「僕」を愛してくれて、心を許してくれ恋人になってほしいと懇願され交際した女性は幾人もいた。
幼い頃、僕のことを守ると言いながら密かに独占しようとした彼女の思惑も分かっていた。
今、こうやって愛しているとうわごとのように呟いて、婚約者がいるのに一糸纏わぬ姿で僕の上で嬉しそうに抱かれている佐々木夏蓮も同じだった。
「私が守ってあげるよ。一緒にいたらきっと怖くないよ」
守ってくれなかった、知ってるよ。
「ノアくん、寂しかったでしょう?」
寂しいのは、夏蓮だろう?知ってるよ。
夕食を食べた夜に恋人の浮気を見つけた時、既に僕も視線の先を見つめていた。
さっと青ざめた彼女の顔を見ながら、いつかきっと僕に縋(すが)る日が来るのではないかと思っていた。
人はとても弱い生き物だ、それは僕が一番よく知っていた。
「すごく良かった、少しお休み」
「ノア、ずっと手を離さないでね」
そう言うと、シャワーを浴びた彼女は僕のベッドで安心したように寝息を立てる。
夜明け前、窓からはぼんやりと朝焼けが見える。
そっと彼女の手を離すと、引き出しから煙草の箱とライターを取り出し、静かにリビングの鍵を開けた。革製のサンダルを履くとアメリカンスピリットを一本銜え、火を点ける。
大きく煙を吸い込むと、ふっと深く吐いた。
普段、煙草は嗜まないが、こういう情事のあとは一本吸いたくなる性分だった。
「煙草、吸ってみる?」
勧められたのはまだ若い頃。モデル業をはじめて心身ともに病んだ時、僕を愛した年上女性からの誘いの後だった。
煙草を指に挟み、柵に肘を乗せ額を支えると心にしまっていた気持ちが溢れそうになる。
紫煙が、静かに澄んだ空に登っていく。
幼い頃から、両親の不仲は英国に渡った時から分かっていた。
僕の記憶ではどんなに家が裕福で幸せそうに見えても、心の受け皿はいつもひび割れている。
その後も家族の溝は埋まることなく、勝手に人生の選択を突きつけられた。
見知らぬ土地と言葉が通じぬ環境、そして学校では疎まれる生活が続き、活路を日本に見出そうとした。
生きていく上での知恵は、いつしか身体に染み付いていた。
”世渡り術”と日本では言うのだろう、いつしか人の望む意見を答えられるようになっていた。
僕の容姿やこの穏やかな性格を見て、愛を望む人にはキスを、夢を望む人には手を、欲望を望むならセックスを。
満たされた女性たちを静かに見つめるのが、僕の人生になっていたのだ。
出会った女性に共通するのは「海」だった。複数の女性を見ているはずなのに、抱いているのはたった1人のような気がする。
煙を吸うと、身体は毒されているはずなのにふいに浄化されている気持ちになる。
それは、僕が真っ黒だからだろうか?