◆
「遅くなっちゃったね」
「タクシーを拾おう」
手を上げるノアくんの横で、私は凍りついた表情を浮かべた。
目線の先には栄の繁華街で楽しむ人々の声が響いている。その中で高級クラブから身を寄せ合うように出てきた男女。
モデルのような絶世の美女と肩寄せ合うのは昼ごろまで一緒にいた健太郎だった。
2人は早々にタクシーに乗りどこかへ走り去っていく。自宅とは全く別の方向へ。
それを見た瞬間、私の脳裏で何かが弾ける音がした。
「...れんちゃん、かれんちゃん?」
優しい声に顔を向けると、心配げにこちらを見つめるノアくんがいた。
大丈夫と震える手を隠すように、私はタクシーに乗り込んだ。
不意に手を握られる。
「僕の連絡先。また食事に行こう」
扉が閉まり、彼を残して車は先程のタクシーとは逆の、自宅へ向けて走っていく。
手の中に残されたのは先程の店のコースターに走り書きされた「蓮城ノア」という名前の横に添えられたLINEのID…。
彼自身は何も話さず、私のことも何も聞かなかった。
私の蒼白な顔も震える唇も、薬指の光る指輪も見ていたくせに。
キラキラと輝く街の喧騒を見つめ、私は静かに涙を流していた。
やっぱり私、彼のことが好き。
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婚約者がいながら初恋の人・ノアとデートすることになった夏蓮は素直な想いをノアに伝える。その夜、二人は一夜を共にすることとなる。